本好きで美味しいもの好きならば、おそらく知らぬ人はないであろう『オムレツの石井さん』こと、石井好子さんの単行本未収録のお料理エッセイ集です。
定番(?)のオムレツはもちろん、たくさんの美味しそうなものがでてきます。
本人曰く『オムレツの石井さん』って言われるけど、オムレツの話ばっかり書いたわけじゃないし、オムレツをつくる名人でもないのに・・・、
デパートですれ違った女子高生たちに「ほら、料理の先生よ」とこそこそ囁かれた・・・28年間歌い続けてきたのに・・・
と、ちょっと複雑な思いを語る『歌手の石井さん』ですが、やはり今でも増刷され続けている名エッセイ『巴里の空の下、オムレツのにおいは流れる』を筆頭に、素敵に美味しそうなものを素敵な文章で味わった読者にとってやはり彼女は『オムレツの石井さん』なのです。
この本にも色々なオムレツが出てきますが、一番美味しそうだったのがご主人のお父さんのリクエスト『かつお節の入ったオムレツ』。
かつお節+玉子を薄口しょうゆで味付けしたその和風オムレツ(個人的には和風オムレツ石井スペシャルと名付けたい!)は、白いご飯をバッチリ美味しく食べさせる『おかず力』があるようです。
玉子の黄色地に所々薄茶のかつお節が舞うオムレツがぽよよんとのった和風柄の皿にそばには、お茶碗にこんもり盛られた炊き立てほわほわの白いご飯、そしてあつあつの薫り高いお味噌汁、あとは煮物とお漬物かしら・・・よだれと妄想が止まりません。
他にも石井さんのオリジナルレシピや、数々のお料理上手の方の美味しそうなごはん、有名店直伝のフランス料理などもたくさん出てくるんですが、心を強く揺さぶられたのは『真っ白い塩にぎり』。
量が少なく質の悪い配給米でしか米が食べられなかった戦争末期、汽車で隣に乗り合わせた人が食べ始めたのが『ゴマものりも何もついていない真っ白な塩にぎりのおむすび』だったそうで。
今や自宅用には米のブランドを選んで買い、コンビニに行けば色々な種類の具が入ったおむすびが幾らでも買える時代です。ダイエット以外で『飢え』にはあまりお目にかかりません。
それでも当時の石井さんの『ごはん』への切ない憧れはくっきりと伝わってきて、一度読めばその『真っ白くて大きくて米一粒一粒がつやつや光っている理想的に美しいおむすび』が苦しいほどに今すぐ食べたくて堪らなくなります。
お料理だけでなく、歌手としての石井さんもここにいます。
『パリで一番のお尻』
巴里のキャバレーで働いていた時代に出合った女たちが、巴里の夜の繁華街で必死に生きている・・・けれど心優しい彼女たちが残酷で悲しい闇へ押しやられる姿を、まだ一芸人の石井さんが切なく見つめています。
『ニューオリンズでカーニバル』
亡くした友人が楽しげに語ったジャズ葬について書かれています。
ニューオリンズではジャズに貢献した人はジャズ葬でおくるそうで、その様子がセピア色の映画のようにとてもお洒落で悲しいのにカッコいい!
どちらも短編小説のように味わい深く、情景が美しく、石井さんを通して切なさが染み入る素敵なお話です。
そんな石井芳子さんが2010年に亡くなっていた事を、この本で初めて知りました。
こんなに美味しそうで素敵な文章を書く方を亡くした事が残念でなりません。
『巴里の空の下・・・』以外にもエッセイをいくつも出されているようなので、今年は他の作品も読みながら石井さんを偲びたいなんて思っております。
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