「改版」もあるし、新潮文庫版もあるようなのですが、自分が読んだのはおそらく昭和59年の中公文庫なので、旧版なのだろうと思います。そうであることをひとまず書き記しておいて紹介するのですが、1969年に東大受験をする予定だった日比谷高生の一人称で、その日一日の中で起こった出来事、考えたこと、決意したことなどを語っていくスタイルです。
一見、当時としては清新な若者語りのようにみえますが、当時、庄司薫(本名:福田章二)は1937(昭和12)年生まれで、若者言葉をダイレクトに語るにはやや世代が異なります。それでも、あたかも若者言葉を造形できたという点で、非常に画期的だったように思われるのと、今読んでも(オジサンですが)、それなりに伝わるところがある、という点で、面白いと思いました。
使われている語彙や比喩は、当時の空気がわからないと、わからないかもしれません。私も、わかりません。でも、主人公のぼく=薫が思う、社会の趨勢にどう処していくのか、そのときに自分のよりどころとなる「やさしさ」なるものが、どういうことなのかということについて考える(=語る)部分については、どこか伝わるものもある気がします。
特に、今でいうところのコンプライアンス的な部分についての自制心とも読める「やさしさ」については、高校生の性の妄想などちょっとどぎつい部分もあるけれど(当時はこれがふつうだったのだとしたら、そりゃあ、起こるべくして起こる事件もあるよね、と思います)、「やさしさ」とセットで読むと、そのどぎつさは緩和されると思います。
ところで何が「赤頭巾ちゃん」なのかというと、主人公はこの日親指の爪をはがしていて、めちゃくちゃ痛い状態で、それでも街をいろいろとさまよう羽目になるのですが、女の子に最後の最後で足を踏まれる、そのときのエピソードにちなんでいます。
ネタばれというほどでもないと思うのですが(なぜなら、ストーリーはそこまで重要じゃないから)、めちゃくちゃ痛い足の指を踏まれて、ぼく=薫がどう処したか、こそが彼のめざす「やさしさ」なのだろうと、私は理解しました。そういう点で、「気をつけて」には二つの意味が(注意と期待と)込められていて、最初はなんだこのどうでもいい一人語りは、と思いながらも、第6章くらいから、グイグイと引き込まれていって、最後の章でいろいろが腑に落ちた気がします。そういう意味でちゃんとカタルシスもある小説だと思います。
私も、痛風なのに、痛み止めを飲んで外を歩かなきゃいけなかったときに、つま先を車止めにぶつけたり、足を蹴られたりしたときに、思わず声が出てしまったことがありますが、それを思い出すと、このときのぼく=薫の描写はとても見事だと思いました。第10章(最後の章)までぜひとも途中で止めずに読んでほしいと思います。
どうでもいいことですが
いっそのこと「亡命型」になってどこかの女学校のテニスのコーチを片手間にやるとか、中村紘子さんみたいな若くて素敵な女の先生について(いまの先生はいいけれどおじいさんなんだ)優雅にショパンなど弾きながら暮そうかなんて思ったりもするわけだ。
なんていう一節をみると、その後のことしか知らない私などには、ちょっと面白く感じちゃいます。
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