三太郎さん
レビュアー:
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様々な障がいをもつ7人の人生の物語。僕には最後のアスペルガーの女性研究者の話が特に印象的でした。
脳神経学者のオリバー・サックス博士が1995年に発表した、主に神経に障碍を負った7人の患者の物語。
第一話 盲目の画家
成功した画家だった彼は65歳の時交通事故をきっかけに色の感覚を失った。視神経には異常がなく、すべての波長の色を感知しているのに、物の色が分からなくなった。カラーTVを見ても白黒灰色のコントラストしか分からない。その代わり視力は「鷹なみ」に高まった。しかし3年後には白黒だけで見事な絵を描けるようになった。
眼の網膜は錐体細胞で3原色の各々の強度を検知できるが、それだけでは人は色彩が分からない。脳内の複雑な情報処理を経て初めて色を感じることができる。
第二話 最後のヒッピー
彼は1960年代にロックに熱中し、ヒッピーの生活にあこがれ薬物中毒になりカルト教団の信者になった。その頃視覚に異常をきたしたが治療をせずに失明し、教団から家族の元に返された。脳腫瘍が原因だった。脳腫瘍に侵された彼は失明したが、自分が目が見えなくなったとは思っていなかった。TV番組を見ていたが目は画面を見てはいなかった。音から画面を想像して見た気になっていたらしい。
脳の前頭葉が侵されたので攻撃的だった性格がすっかり変わっていた。これは20世紀半ばまで米国でも広く行われていた精神病患者へのロボトミー手術の結果と類似していた。彼は発病してからの記憶をほとんど失っていた。今日の記憶も数日後には覚えていかなった。父親が亡くなってもそのことを直ぐに忘れたが、父親のいない家には行きたがらなかったので、父の不在を朧げに理解していたのかも知れない。
しかし驚くべきことに彼は音楽については新しい曲を覚えることができた。精神はうつろでその場限りの応答しかできないが、陽気で病院内のだれからも好かれたらしい。
第三話 トゥレット症候群の外科医
トゥレット症候群は頻繁に同じ動作を繰り返すチックや発作的でぎくしゃくした動作や不規則な発声が特徴であるが、原因は不明だという。また患者はこの病気と共存しながら普通の生活も送れるらしい。著者はこの病状をもつ外科医を何人も知ってるという。
表題の外科医はチックの症状を示しながも車や飛行機まで自分で運転できる。仕事である外科手術中は発作は起こさない。ただし発作が起きそうになった時、それを抑制するとその後の反動で物を投げたり壁を蹴ったりする暴力的な衝動が抑えられなくなるとか。自宅の冷蔵庫のとびらは物を投げつけられて凸凹になっていた。どこかで安全な形で衝動を発散しているらしい。そのおかげで地元では名医として信頼され、家族なかもよいとか。著者は彼の操縦するセスナでカナディアンロッキーの山なみの上を飛行したが、ときどきチックの症状を示す外科医の操縦でスリリングな飛行を楽しんだらしい。
第四話 「見えて」いても「見えない」
幼児期に白内障により失った視力を中年になってから手術で回復した男の話。かれは物が見えていてもそれが何であるかは触ってみないと分からない。彼の空間認識は手が触ったときの距離で測られるので、触れられない遠くのものは目が見えるようになってからも距離がつかめない。
目が見える人は風景の絵や写真を見れば、たとえ片目でしか見れなくても、遠景と近景や描かれている物の形を見分けることができるが、視力を回復したばかりの彼には単なる色彩の羅列にしか思えない。また物の形も見ただけでは判らず、手で触ってみて初めて了解される。
視覚による空間認識を持つには幼少期の長い訓練と経験が必要で、そのため中年になって視力を回復した彼は強いストレスを感じたらしい。目の手術の後に結婚したこともあり、それらのストレスからか急激に太りだし、ある日発作を起こし倒れてしまい、結局また視力を失ってしまった。視力の回復が彼に幸福をもたらしたのかどうかは疑問だった。
第五話 夢の風景
癲癇の発作の影響で突然意図せずに子供時代の故郷の風景が鮮明に甦ってしまうようになったある画家の話。彼はそれまで絵の訓練を受けたことはなかったが、発作の際に見えた幻影を絵に描くようになった。
彼のように自分の意思と無関係に追憶が蘇って止まらなくなる症状は「ドストエフスキー症候群」と呼ばれるとか。それ以来、彼の会話は自分の故郷の思い出話ばかりになり、友人たちは次第に彼から去っていったという。彼は甦った故郷のイメージを数千枚の絵に描くこと以外には何の関心も持たないような生活を続けていた。
著者は小説家のプルーストも同類だという。だとするとプルーストの小説を読むのは、この話の画家から故郷の思い出話を聞くようなもので、普通の人が読み続けられないというのも頷けるなあ。
第六話 神童たち
自閉症で建物の細密画に異才を示すサヴァン症候群の少年の話。プロデュースする人がいて少年は13歳で画集を出版し、その後展覧会が開かれるようになるなど、世間で注目される存在になった。しかし大人になっても彼は他人とのコミュニケーションが困難で、著者も最後まで彼の心を理解することはできなかった。心のあり様が我々とは異なるのかもしれないと著者は考えた。
第七章 火星の人類学者
自閉症の人の中にはサヴァン症候群の人のように特異な才能を発揮するが社会性がなく自立した生活が送れない人とは別に、アスペルガー症候群の人のように芸術家や科学者として活躍する人もいる。両者を同じ自閉症と呼ぶべきかどうか議論もあるとか。
「火星の人類学者」とはこの章の主人公で、動物行動学で博士号をとり畜産の分野と精神医学の分野で論文を発表している大学の研究者の女性が自分を指していった言葉だ。彼女自身が火星からやってきて人類という未知の生物を研究する人類学者のような生活を送ってきたということらしい。アスペルガーの人はスタートレックに出てくる異星人のミスタースポックに親しみを感じることが多いらしい。
彼女は高い知性と論理的な思考に長けているが、普通の人間同士が示す同情や共感といった感情がよく解らない。だから若い頃から人間の行動を観察して対人的なスキルを身に着け、一見普通の人のような行動パターンが可能になった。それでも恋愛感情というものが今でも理解できない。彼女は自分自身をも研究対象として自閉症に関する論文を書いている。
著者によれば音楽家のバルトーク、哲学者のヴィトゲンシュタインや科学者のアインシュタインもアスペルガー症候群だと考えられるという。これらの人たちは欠点もあったろうが独創的な仕事を残している。
ところで僕自身は自閉症ではないとは思いますが、幼少期の極端な人見知りや同年齢の子供とどうしても遊べなかった経験を思うと、この本を読んだ後では自分はアスペルガーに近いのかもと感じました。実際、奥さんからは僕は人の心が分からない人間だとよく指摘を受けるので・・・でもそのおかげで研究者として曲がりなりにも仕事を続けられたのかも。アスペルガーの人には周りの意見や前例にとらわれずに物事を徹底して追及するという特性があるようなのです。
第一話 盲目の画家
成功した画家だった彼は65歳の時交通事故をきっかけに色の感覚を失った。視神経には異常がなく、すべての波長の色を感知しているのに、物の色が分からなくなった。カラーTVを見ても白黒灰色のコントラストしか分からない。その代わり視力は「鷹なみ」に高まった。しかし3年後には白黒だけで見事な絵を描けるようになった。
眼の網膜は錐体細胞で3原色の各々の強度を検知できるが、それだけでは人は色彩が分からない。脳内の複雑な情報処理を経て初めて色を感じることができる。
第二話 最後のヒッピー
彼は1960年代にロックに熱中し、ヒッピーの生活にあこがれ薬物中毒になりカルト教団の信者になった。その頃視覚に異常をきたしたが治療をせずに失明し、教団から家族の元に返された。脳腫瘍が原因だった。脳腫瘍に侵された彼は失明したが、自分が目が見えなくなったとは思っていなかった。TV番組を見ていたが目は画面を見てはいなかった。音から画面を想像して見た気になっていたらしい。
脳の前頭葉が侵されたので攻撃的だった性格がすっかり変わっていた。これは20世紀半ばまで米国でも広く行われていた精神病患者へのロボトミー手術の結果と類似していた。彼は発病してからの記憶をほとんど失っていた。今日の記憶も数日後には覚えていかなった。父親が亡くなってもそのことを直ぐに忘れたが、父親のいない家には行きたがらなかったので、父の不在を朧げに理解していたのかも知れない。
しかし驚くべきことに彼は音楽については新しい曲を覚えることができた。精神はうつろでその場限りの応答しかできないが、陽気で病院内のだれからも好かれたらしい。
第三話 トゥレット症候群の外科医
トゥレット症候群は頻繁に同じ動作を繰り返すチックや発作的でぎくしゃくした動作や不規則な発声が特徴であるが、原因は不明だという。また患者はこの病気と共存しながら普通の生活も送れるらしい。著者はこの病状をもつ外科医を何人も知ってるという。
表題の外科医はチックの症状を示しながも車や飛行機まで自分で運転できる。仕事である外科手術中は発作は起こさない。ただし発作が起きそうになった時、それを抑制するとその後の反動で物を投げたり壁を蹴ったりする暴力的な衝動が抑えられなくなるとか。自宅の冷蔵庫のとびらは物を投げつけられて凸凹になっていた。どこかで安全な形で衝動を発散しているらしい。そのおかげで地元では名医として信頼され、家族なかもよいとか。著者は彼の操縦するセスナでカナディアンロッキーの山なみの上を飛行したが、ときどきチックの症状を示す外科医の操縦でスリリングな飛行を楽しんだらしい。
第四話 「見えて」いても「見えない」
幼児期に白内障により失った視力を中年になってから手術で回復した男の話。かれは物が見えていてもそれが何であるかは触ってみないと分からない。彼の空間認識は手が触ったときの距離で測られるので、触れられない遠くのものは目が見えるようになってからも距離がつかめない。
目が見える人は風景の絵や写真を見れば、たとえ片目でしか見れなくても、遠景と近景や描かれている物の形を見分けることができるが、視力を回復したばかりの彼には単なる色彩の羅列にしか思えない。また物の形も見ただけでは判らず、手で触ってみて初めて了解される。
視覚による空間認識を持つには幼少期の長い訓練と経験が必要で、そのため中年になって視力を回復した彼は強いストレスを感じたらしい。目の手術の後に結婚したこともあり、それらのストレスからか急激に太りだし、ある日発作を起こし倒れてしまい、結局また視力を失ってしまった。視力の回復が彼に幸福をもたらしたのかどうかは疑問だった。
第五話 夢の風景
癲癇の発作の影響で突然意図せずに子供時代の故郷の風景が鮮明に甦ってしまうようになったある画家の話。彼はそれまで絵の訓練を受けたことはなかったが、発作の際に見えた幻影を絵に描くようになった。
彼のように自分の意思と無関係に追憶が蘇って止まらなくなる症状は「ドストエフスキー症候群」と呼ばれるとか。それ以来、彼の会話は自分の故郷の思い出話ばかりになり、友人たちは次第に彼から去っていったという。彼は甦った故郷のイメージを数千枚の絵に描くこと以外には何の関心も持たないような生活を続けていた。
著者は小説家のプルーストも同類だという。だとするとプルーストの小説を読むのは、この話の画家から故郷の思い出話を聞くようなもので、普通の人が読み続けられないというのも頷けるなあ。
第六話 神童たち
自閉症で建物の細密画に異才を示すサヴァン症候群の少年の話。プロデュースする人がいて少年は13歳で画集を出版し、その後展覧会が開かれるようになるなど、世間で注目される存在になった。しかし大人になっても彼は他人とのコミュニケーションが困難で、著者も最後まで彼の心を理解することはできなかった。心のあり様が我々とは異なるのかもしれないと著者は考えた。
第七章 火星の人類学者
自閉症の人の中にはサヴァン症候群の人のように特異な才能を発揮するが社会性がなく自立した生活が送れない人とは別に、アスペルガー症候群の人のように芸術家や科学者として活躍する人もいる。両者を同じ自閉症と呼ぶべきかどうか議論もあるとか。
「火星の人類学者」とはこの章の主人公で、動物行動学で博士号をとり畜産の分野と精神医学の分野で論文を発表している大学の研究者の女性が自分を指していった言葉だ。彼女自身が火星からやってきて人類という未知の生物を研究する人類学者のような生活を送ってきたということらしい。アスペルガーの人はスタートレックに出てくる異星人のミスタースポックに親しみを感じることが多いらしい。
彼女は高い知性と論理的な思考に長けているが、普通の人間同士が示す同情や共感といった感情がよく解らない。だから若い頃から人間の行動を観察して対人的なスキルを身に着け、一見普通の人のような行動パターンが可能になった。それでも恋愛感情というものが今でも理解できない。彼女は自分自身をも研究対象として自閉症に関する論文を書いている。
著者によれば音楽家のバルトーク、哲学者のヴィトゲンシュタインや科学者のアインシュタインもアスペルガー症候群だと考えられるという。これらの人たちは欠点もあったろうが独創的な仕事を残している。
ところで僕自身は自閉症ではないとは思いますが、幼少期の極端な人見知りや同年齢の子供とどうしても遊べなかった経験を思うと、この本を読んだ後では自分はアスペルガーに近いのかもと感じました。実際、奥さんからは僕は人の心が分からない人間だとよく指摘を受けるので・・・でもそのおかげで研究者として曲がりなりにも仕事を続けられたのかも。アスペルガーの人には周りの意見や前例にとらわれずに物事を徹底して追及するという特性があるようなのです。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:早川書房
- ページ数:409
- ISBN:9784150502515
- 発売日:2001年04月01日
- 価格:840円
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