「一日じゅう、ずっと静かに、静かにしていなきゃいけませんよ。部屋を出てもいいけれど、小さなネズミみたいに静かにしていなさい。人さまのじゃまをしてはだめ。めいわくをかけるのは、ぜったいにだめよ。マルタ、わかった?約束をまもれる?」
ベッドと洗面器、使い古しのたんすがあるだけのホテル・バルザールの屋根裏部屋で暮らすようになってから、お母さんは毎朝太陽がのぼるまえに起き出して制服に着がえると、寝ているマルタのおでこにキスをしてからこういうのでした。
戦争に行ったお父さんから連絡が途絶えてから一年以上たち、そのあいだ、マルタとお母さんは生活のために住む場所を転々としていました。こんな風に移動を続けていたら、パパはわたしたちを見つけられるかしらと、マルタは不安に思っているのですが、そんなマルタの問いにお母さんはまずは生きつづけること、おたがいをみつけるのはそれからだというのでした。
マルタはお母さんのいいつけを守って、エレベーターには近づかず、古くて暗い裏階段を使ってロビーにおります。
ベルマンのノーマンさんとはこっそりと言葉をかわす仲ですが、フロント担当のアルフォンスは、マルタをいないものとして扱います。もちろん、アルフォンスの前ではマルタも自分がいないかのようにふるまうのです。
ある日、全身に真っ赤なものをまとい、肩に緑色の翼の巨大なオウムを乗せて、杖をもった歳をとった女性がホテルにやってきました。
自ら「伯爵夫人」と名乗ったその女性は、ヤシの鉢植えの後ろに隠れてこっそり様子をうかがっていたマルタに自分の部屋に来るようにというのでした。
「お話をしてあげるから、まちがいなく、あなたがおもしろいと思う話よ。」と。
7つの物語を聞かせてあげる…伯爵夫人はそういって、今日は一つ、続きはまた明日…という具合に語ります。
オウムのなった将軍、神さまから絵の才能を与えられた修道女、美しい声でうたう少年、眠れない王さま……語られるのはとても不思議な話です。
ですが、それらの話にはおしまいがなく、なんだか妙に中途半端に語り終えられてしまいます。
おまけに、かんじんなこと、お話を聞いても、パパがどこにいるのかはちっともわからないのです。
絶望がマルタをおそうとき、伯爵夫人はいいました。
「疑うにはなんの勇気もいらないわ」
「わたしたちに救いがないなんてことはないわよ。救いはかならずあるわ」
やがて7つの物語がそろったとき、マルタのもとに訪れたのは……。
すてきな挿絵とともに味わえるちょっぴり不思議なお話です。
とてもさびしい思いをしている少女の視点から描かれた戦争の話でもあります。
そしてもちろん、愛の物語です。
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