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辞書編纂を通じての人間の成長の物語

舟を編む
実家にあった本。大半は自分の好みの本でもなく古本屋で処分したが、本書は本屋大賞受賞で映画やドラマにもなっていて、このサイトでも多数の書評を見かけたので、読んでみることにした。

玄武書房と言う架空の出版社の辞書編集部を舞台に、「大渡海(だいとかい)」と言う2千頁もある大型辞書の編纂にまつわる物語。題名の舟は辞書のこと。「ことばの大海を行く舟」が辞書だと言う。辞書編纂は地味で、ベストセラーにはならない宿命を負う。それ故、辞書編集部は出版社の中でも日陰者扱いである。
荒木公平:子どもの頃から辞書に取りつかれ大学は国語学を専攻、その後玄武書房に入社し辞書編纂に一生を捧げた人。本書冒頭で定年間近、後任たり得る人を見つけようとしている。とても辞書編纂には向かないチャラい、唯一の正社員部下の西岡から逸材がいると聞いて、営業部から馬締(まじめ)光也を引き抜く。以後、辞書編纂は馬締に引き継ぎ、顧問の松本先生と一緒に嘱託として大渡海の編纂に関わる。
馬締光也:実直で空気を読めない変り者。荒木に辞書編纂に向くと引き抜かれ後任に。最初は戸惑うが、その整理能力や言語感覚が辞書編纂に向いていることを仕事で証明してゆく。途中、会社上層部の中止命令、売れ筋の辞書の改訂など邪魔が入るが苦労して15年かけて大渡海の編纂を進める。本書の後の方では主任に昇進している。
林香具矢(かぐや):馬締の下宿先の早雲荘の大家・タケ婆さんの孫娘で女性板前の修業中。馬締とひとつ屋根の下で暮らし、彼女にぞっこんになった彼と交際し結婚する。香具矢も変わった女で、お互い熱中する者同志の方が一緒になるのに適していると、この結婚に納得する。
西岡正志:荒木のチャラい部下。馬締の存在を教える。地味な作業は苦手だが、執筆依頼など対外折衝は得意。ごねる執筆者にはスキャンダル情報をちらつかせて脅す強引さも。しかし、部内の雰囲気をよくする気遣いも出来る。大渡海の編纂の最初の方で宣伝広告部に異動になる。熱中できるものがあり、言葉に真実味がある馬締に最初は嫉妬するが、そのうち一目置く。異動内示をきっかけに自分の在り方を真剣に考えるようになる。
岸辺みどり:大渡海の編纂が始まり10年経った頃にファッション誌関係の部門から異動してくる。最初はなぜ自分が辞書など?と思うし、馬締その他の面々の変人ぶりに面食らうが、そのうち彼女も辞書作りへ情熱を注ぐことへの意味を見出し、熱中するようになる。
辞書編纂には、その他に契約社員で見出し語の整理を担当する佐々木、元大学教授で大渡海の編纂に文字通り命をかける顧問格の松本先生などが登場する。

荒木、馬締、西岡、岸辺、そして再び馬締、各人の視点から5つの章で構成される。苦労話もあるが、本づくりの楽しさが描かれた本で、本が好きな人なら引き込まれるだろう。評者はもう仕事を辞めてしまっているが、そんな評者でも若い頃に出版社に入ればよかったと思わせる内容。苦労も楽しいと思えるような書きぶりである。辞書編纂は地味な作業の文字通り、ドラマにならない部分は大胆に省略され、とっかかりと出版も佳境に入った頃の描写しかなく、その点を不満に思う人もいるかもしれないが、これ以上は書きようがないだろう。結局、上手く行ってしまう逸話が多く、苦労話が出来レースに思える部分もないとは言えないが、それも話の面白さを殺ぐようなことではない。評者もひとつの会社にしか奉職しなかったが、チャラさはないものの、仕事に対する視点は開眼する前の西岡や岸辺に似たところがり、単なる金稼ぎの手段と思っていた時期が長かった。そう言う意味では個人的には彼らを取り上げた3,4章が最も引き込まれた。キリストのいう「人はパンのみにて生きるにあらず」を辞書編纂で示した物語と言える。
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  • 掲載日:2026/04/06
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