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「人魚へ ビスケットより」……連絡を待つ

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!免許皆伝
人魚とビスケット
1951年2月、ロンドンの〈デイリー・テレグラフ〉紙の個人広告欄に、次のような広告が掲載されるが、それはなんと秘密めいた魅力的な短文だろうか。
「人魚へ。とうとう帰り着いた。連絡を待つ。ビスケットより」


九年前(第二次大戦中)の夜、商船サン・フェリックス号がインド洋で沈没し、生き延びた四人の乗客乗員を乗せて、ラフト(救命ボート)は、14週間漂流を続けた。四人は、人魚、ビスケット、ブルドッグ、ナンバー4、とニックネームで呼びあっていた。


広告の三年後、ビスケットとブルドッグに、「わたし」は作家として出会い、14週の漂流について二人の口述を筆記する。
14週間の漂流の実体、そして起こるべくして起きたある事件について。


行けども行けども海と空しか見えない大洋の真ん中で、渇きと闘いながら、生き延びた四人。
終始、張りつめたような四人の関係。それは、三人の男と一人の女だったからか。三人の白人と一人の被差別者(私たちの同胞か)だったからか。
いずれにしても、一触即発の危機を危ういところで逃れていたのは、一対一ではなくて、一に対して三だったことだ。この三が、一(女性であったり、被差別者であったり)を中にして、奇妙な牽制的な役割をしていることで、ぎりぎりの一線を守っていることが驚きでもあった。
このひりひりした空気が、読み手にとって単調になりかねない狭い世界と限られた登場人物の14週の物語を、動きとスリルに満ちたサスペンスチックな物語に感じさせる。
閉じられた世界だからこそ、限られた人数だからこそ、あだ名だけしか明かされない四人の過去が、読者としては、非常に気になる。思わせぶりな言葉、仕草、眼差し、小さな手がかりの欠片を繋ぎながら、さまざま妄想してしまう。
そして、ついに事件が。起こるべくして起こる。そして、そのことは当事者たちが墓場まで持っていくべき秘密になるのだ。


起ったことが、嘘偽りなく、順繰りに、丁寧に、語られた文章である。
書かれたことの一言一句、最後までひっくり返されることはないのに、その意味合いが、色合いが、すっかり変わってしまう、ということに驚いている。
物語をふりかえって、ああ、だからあの行動! ああ、だからあの言葉!と、読み流してきたあれこれの帳尻に驚いている。


  • 掲載日:2026/05/12
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この書評へのコメント

  1. ef2026-05-12 09:26

    おぉ! 人魚かぶり!(笑)。

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