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ことなみ
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ハン・ユジンの悪の種はこうして育っていった。よく練られた、サイコミステリ。
重い軽いはあっても心に善と悪のふたつを持っているのが人間だろう。物心ついた時にはそれが混然一体になった人間性が出来上がっている。生きるために。
それは一面、他人を理解し人生の深みを感じ取る大きな要素になっていると思う。
その二つがよりよく折り合っているなら人としてなんの不具合もない。

主人公のハン・ユジンの中では病的に偏った悪の芽が育っていった、残虐に。自分に都合が悪い人間を消していく。本来なら愛情に包まれ暖かい暮らしを作り上げるつながりが、冷めたまま、自己保身の殺人に向かう。

仲のいい聡明な兄弟のいる家庭。だがストーリーの始まりですでに父と兄は事故死している。

弟のユジンは寡黙で伯母の心理医師が処方した薬を服用している。持病があり常に激しい頭痛や幻覚に悩まされている。
母は残ったユジンを見守り世話を焼く。ユジンはそれを締め付けだと感じ解放されたいと思っている。

試しに薬をやめてみると、新しい幻覚を見るが、一方で解放された自由な時間を生きていることを発見する。
母から薬から、宿業からの解放は、ユジンに新しい世界を見せた。
ただ副作用でその時間の記憶が無くなる時がある。

物語はそういったユジンの開放感が悪の泥沼に沈んでいく様子が生々しく、それにかかわる母や叔母や兄の代わりに養子になったヘジンを邪魔にして消していく様子が緊迫感を増す、ユジンの病的な心はどこに行くのか。
作者の組み立てたストーリーの流れが徐々に危険をはらんで進んでいく。



なにか雰囲気の違う朝、ドアを開けた途端、血だまりを見て目を覚ます、残酷極まりない幕開けから、ユジンの消えた記憶を徐々に掘り起こしていく。母を殺したのは自分なのか。

かすかに震える母の声が聞こえてきた。
(おまえは……)
(ユジン、おまえは……)
(この世に生きていてはならない人間よ)

途方に暮れた。何に、どこから手を付けていいのかさっぱりだった。何かをすること自体、とてつもなく恐ろしかった。
この世には、目をそらしたり拒んだりしてもどうしようもないものがある。この世に生まれたことがそれであり、誰かの子であることがそれであり、すでに起きてしまったことがそれだ。
そうかといって、自分の最後の主権だけは取り戻したい。このふざけた状況がどんな終わり方になろうと、自分の人生は自分で決定したい。そのためには、どんな手を使ってでも、闇の中に閉じ込められた二時間半をぼくの前にひっぱりだすのだ。


彼は自分を肯定する。恵まれた家庭だったはずが自分を監視する母の檻だったと。

時間と共に明らかになるユジンの病的な精神は、母の日記から過去の出来事を知り、真実の自分の心に踏み込んでいく。


物語の構成が面白い。恵まれた暖かい家庭が崩壊し、残った母子の関係が緊迫度を増していく。ユジンが過去を知る手掛かりになる母のノートが効果的に挿入され、冷たく縛り付けていた母の愛も、既に手遅れの形で少しずつ過去が拓けていくのも興味深い。

まだ事件も事故も起こらない長閑な家庭の風景の中で、悪と罪が芽ぐみつつあった出来事も効果的で、そう来たかとただのミステリでない種明かしもよくできていた。
韓国女性作家、素晴らしい、恐るべし。

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ことなみ
ことなみ さん本が好き!1級(書評数:645 件)

徹夜してでも読みたいという本に出会えるように、網を広げています。
たくさんのいい本に出合えますよう。

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