142 朝井リョウ 「桐島、部活やめるってよ」
関西のある高校での群像劇。
朝井リョウが20歳の時に書いただけあって、彼らの心、行動の一つひとつや使っている小物、聴いている音楽、
惹かれる異性の気になるポイント、「感じ方」が瑞々しく表されている。
若さに嫉妬しながら、胸の痛みが蘇るかもしれないよ。
冒頭の文章でガツンとやられた。こんな感じ方を確かにしていたような気がするが殆ど忘れてしまっていたから。
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水色のTシャツと自分の肌の間を、薄く形を変えた風が、す。と通り過ぎていく。
自分の内側にあった汚い気持ちがそのままじわりとにじみ出たような嫌な汗が、さらさらと浄化されていく気がした。
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色も小物も的確だ(小物にグッときたりしてたなぁ)
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志乃のピンクなプルプル(唇)が思い浮かんだ。
茶色いフワフワの髪、・・・色とりどりのミサンガ・・・
ライムグリーンのトートバッグ
体操服の腰に挟んでるタータンチェックのタオル
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6つの章が5人の視点で描かれる。
バレー部の主将の桐島がやめた事は、桐島の控えの風助の章でしか大きな影響を及ぼしてこず、
他の章では「桐島、部活やめたんだって?」といった、台詞のひとつとして扱われている程度だ。
桐島の章がないところがまたいい。
映画部の涼也が「高校生は上中下の3つの階層に分けられる」と例え、桐島はその「上」に居る。
可愛い彼女も居て部活の後は待ち合わせて一緒に帰っている。
「上」=有名人が部活をやめるという大きなニュースがあった時点を軸にして、その頃の自分たちを5人が語っている。
皆がヒリヒリした想いを持っているところが共通している。
それは自分を「下」だと感じている涼也だけでなく、「上」の宏樹も同じだ。
最初の短い章で活発に登場している宏樹は、最後の章でも主人公で彼だけが二度登場する。
最後の章は宏樹の悩みも、涼也との対比も、そしてエンディングの決意もが凝縮されている。
この最終章のために、朝井リョウは宏樹をプロローグにも使った事が良く分かる。
中高生の頃の「何をやっても、あるいは出来たとしても、常に何かが足りないような乾いた感覚」や
「一方で、自分が活躍したり彼女と仲睦まじい姿を妄想するところ」など、懐かしくすこしずつ思い出せた。
「あの年頃特有の、繊細な心の揺れ動くさま」なーんて世間では例えられるのかもしれないけれど、ちょっと待てよと思った。
あの頃がそうした「センサーと、コンピュータに反応体」、いわば感受性のピークで、
そのあと我々はそれを「上手く隠したり」「忘れたフリをする」事を覚え、自ら鈍感になっていっただけなのかもしれないね。
今晩の家への帰り道で、振袖姿とすれ違った。
振袖の歳に書かれた小説だと改めて思い、
あららら、そこからもう40年近く経ってるんだと呆然とした(あららら、じゃねぇって)。
(2016/1/11)
【この本から次の本へ】
部活の熱く楽しい時間を思い起こしたけりゃあ、
100壁井ユカコ「2.43 清陰高校男子バレー部 second season」
81須藤靖貴「俺はどしゃぶり」
あの頃のヒリヒリ感を思い出したけりゃあ、
35トルーマン・カポーティ「真夏の航海」
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