フランスの農村の土地柄と、住人たちの暮らしぶりがたいへん魅力的なミステリだ。主役はサンドニ村でただひとりの警察官ブルーノ。彼が車に積んでいるものといったら!
生みたて卵や初物のエンドウ豆の籠、皿とグラスとソムリエナイフを入れたピクニックバスケット、テニスラケットに釣竿。胡桃ワインの仕込みに使う、親切な農夫がくれた(非合法の)ブランデーが一本。村民の守護者ブルーノ署長は、常にあらゆる事態に備えを怠らないのである。
ブルーノは軍隊を退役してやってきた余所者だが、誠実な人柄に住人たちの信頼は厚い。子どもたちのテニスのコーチで、村のラグビーチームのメンバーで、市場を歩けば手が振られ食べ物が次々に渡される。仕事と私生活を厳密に区別しない暮らしぶりが、彼の充実感と幸福につながっているのだ。ところが、この長閑な日常に殺人事件が襲いかかる。
ヨーロッパ戦勝記念日の式典の後、ひとりの老人が惨殺された。その遺体にはナチスの鉤十字が刻まれていた。老人の家からは、サッカー選手だった若い頃の写真とフランス戦功十字章が消えている。アフリカ出身のアラブ人で、第二次世界大戦の英雄であるこの老人のことを、家族は誇りに思っていたのに。移民排斥問題など今日的なテーマが盛り込まれた事件は、パリの政治中枢部をも巻き込んでゆく。
ナチス占領下での自由フランスのレジスタンス活動を、フランスの農村部こそが支えていたという事実と、ナチスの報復の凄まじさ。事件解明の手掛かりとなる事柄は、あまり知られていないだけにショックだった。現在の村の平和な営みと、過去を知る人々の涙に、ちょっと胸が詰まる。
次第に明らかになるブルーノの悲しい過去、39歳独身の彼はどの女性とくっつくのか。村の事情なんかわかっちゃいないお偉方を、頼もしい村長と賢いブルーノがコンビプレーで手玉に取る小気味良さ。それにもう、ブルーノが飼っている猟犬ジジが愛らしいったらありません。
主役のライフスタイルがカッコよくて、しこたま出てくる美味しそうな料理とワインでバカンス気分に浸れるのに、戦争の傷跡が切ない余韻を残す。これは掘り出し物の作品だった!
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