十字軍を冠したキリスト教世界とオスマントルコの戴くイスラム教世界の激突であり、「ガレー船同士で闘われた最大で最後の海戦」でもあった「レパントの海戦」。1571年10月7日決戦当日に至るまでの息詰まる顛末を、連合艦隊の主軸として闘ったヴェネチアの視点からドラマチックに描く。
西暦1600年わが国で「天下分け目の合戦」として名高い「関ヶ原の合戦」は、わすが半日で勝敗がついたことで知られますが、それに先んじること29年、地球の裏側の地中海でさらに短い5時間あまりで 勝敗を決したのがこのレパントの海戦でした。これまで海戦三部作としてあたかもその戦いに参加してきたかのような臨場感あふれる著者の描写に息をのんできました。その書き振りは完結編たる本編でもなお健在です。
白みはじめた東の空を背景に、まるで影絵のように、帆をあげた船が近づいてくる。だが、なぜか、はじめに視界にはいってきたのは一隻の船だけだった。しかし、それはすぐに、その一隻が二隻に分れ、さらに四隻に分れるような感じで視界いっぱいに広がっていった。
まさにその戦いの日、まだ明けやらぬ東の海上にトルコの艦隊を認めた連合艦隊の緊張感が伝わってくるようです。ここに激戦の幕が上がります。しかし、この決戦の日を迎えるにあたるまでの連合艦隊の編成は、地中海世界の覇権をめぐりトルコを宿敵としてきたヴェネチア、新興の王国としてヨーロッパの主導権を握りたいフェリペ2世のスペイン、更にはローマ教皇の思惑も絡んで一筋縄ではいきません。
そこにはまた、己が信仰の威信をかけた、というよりは、国の存亡を賭けた男たちの攻防がありました。ヴェネチア海軍総司令官ヴェニエル、参謀長で本編で唯一自らの副官の未亡人とのロマンスが語られているバルバリーゴ、ヴェネチア全権大使として敵陣コンスタンチノープルで孤独に闘い抜いたバルバロ。さらにはイタリア出身のもとキリスト教徒でありながら、イスラム教への義を貫いたトルコの海将ウルグ・アリに至るまで。それらが場所と時系列を追って描かれていくことにより、このクライマックスとしての海戦当日の描写が活きてくるのです。
このレパントの海戦を最後として、以後十字軍は出されることは無くなり、ヨーロッパの目は西の海へと向かうことになるのだと著者は言います。大航海時代への転換ですね。ここにローマを中枢に置く地中海世界の歴史的舞台としての終焉があり、その一つの大きな歴史の転換を描いた本書は海戦三部作の完結を飾るにふさわしい一大叙事詩となっています。
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