カナダのバンクーバーで暮らしていた西加奈子さんが乳がんになる。その治療過程を描いたノンフィクション作品。読売文学賞を受賞している。
この前、岩手県で大規模な山火事があった。私たちは、暗闇に小さくても灯りがともると、その光が希望の光と表現し、暗闇を悪の象徴のように普通思ってしまう。しかし山火事の場合、光こそ悪で、闇こそ守り大切にせねばならないということになる。
西さんは、灯りも暗闇も自分そのものという。灯りは暗闇の体にうまれた癌。癌は西さんの体で生まれて、大切な暗闇を食べながら成長する。それが大きく成長して、手が付けれなくなったとき、暗闇は破壊され体は亡くなる。
西さんが乳がんと診断されたときは、世界中がコロナ下。私もコロナが流行の時、がまんできない腹痛に襲われ、近くの診療所に飛び込み診てもらったが、診療所では手に負えないと言われ、大病院に行くことになる。しかし、多くの病院が手術を中止したり、病室が満杯ということで、受け入れてくれる病院がなく、やっと8病院めでみつかり、人生で初めて救急車に乗せられ病院に行き、即これも生まれて初めて手術をされた。びっくりしたのだが、手術が終了して集中治療室で治療、そして移された病室が物置き場の隣に設置されたテントの中。どういうものか知らないが、ドレーンが体にとりつけられ、数時間後にそのドレーンがとりはずされると同時に退院。手術も含めて一日も病院にはいなかった。
西さんは、乳がんの手術と集中治療後、看護婦よりドレーンの操作を看護師より教えてもらい、ドレーンをつけたまま退院した。すごい時代だった。
この作品の中で、これはすごいと思ったのが、乳がんだから、乳房を切り落とすのだが、乳首は残して、乳房をシリコンを使って復活する手術をすることを西さんが断ったところ。胸が真ったいらになっても、私は女だと宣言するところ。胸で性は決まらない。
この作品を読んでいると、人間というのは弱ったり困っている人がいると、手を差し伸べる人がいて、それを率先する人は西さんそのものだということがわかる。
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