中国の民間信仰は半世紀前の文化大革命で破壊されたと言われている。そして四半世紀前の法輪功の弾圧をはじめ宗教行為も多くの制限が加えられている。
そんな中で人々は信仰心などあるのだろうか。そんな疑問に真正面というかスマホとアプリと行動力で実像に迫ったのが本書。
著者は『中国の死神』に一躍脚光を浴びた大谷亨。日中の血を受け継ぐ著者であるが、中国版Tiktokである抖音(Douyin/ドウイン)に出てくる不思議な(面白い)民間信仰を見つけては現地に行くという新しいフィールドワークの手法を駆使する。
表紙を彩るのは「張五郎」という湖南省のローカル神である。(諸説により)腕と脚、頭と股間を入れ替えられた男性であり、狩猟神として信仰されている。狩猟神としてだけでなく、怨霊と鎮める獰猛な五猖を連れて怖い神でもある。そんな神を信仰する人々を、著者曰く「千原せいじ」のノリでコミュニケーションを取って、中国らしく人のツテをぐんぐん頼って、儀式をつかさどる人の下へのたどり着く描写は読んでいて楽しい。
封神演義にも出てくる「九尾狐」は中国人にとって神秘の国・タイから逆輸入される形で「セクシー九尾狐」として広まっている。日本の大黒様(元は大陸のものであったが)も中国に逆輸入され、そこに日本の真言宗で修業した中国人僧侶などにより新しい信仰の形が生まれているようだ。
中国人の信仰は来世や死後の世界云々より現世利益をかなえてくれる存在であり、かつ、自分にとって心地よいと感じた空間なら雑食的に受け入れる様子がこれでもかと出てくる。そこには昔から中国の地に根付くシャーマニズムが神と人々を媒介している。
人びとはそんな信仰の姿を「映え」としてとらえ(実際に映えるものが多い)、SNSに投稿している。中国人が投稿できるのは国内向けの抖音(Douyin/ドウイン)である。そして日本からは通常満つことができない。
そんな動画も著者のXのサブ垢
TikTok民俗学からその一部を見ることができる。著者もいうように、ディープ中国というか中国人の日常的な信仰の一端を知ることができる1冊である。
中国共産党としても反共産党のような動きを示さない組織的はない(=宗教組織的ではない)地域やグループ信仰なら許容しているのだろう。
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