昔、田舎でぼっとん便所という汲み取り式の便所でトイレをしたことがあるが、あの時の嫌悪感と双璧なくらいの気分の悪さを感じた。
これは人間の悪意を小説にしたのではないかとすら思う。それくらい邪悪な悪魔の書物である。
たぶん著者の村田さんは、結婚や専業主婦。もしかすると愛という感情をも否定しているのではと感じてしまう。
主人公は空気を読むのに優秀で、まわりと和を保つ才能の持ち主です。本当は中身がないのに考えがあるふりをし、色んな人たちと順応していて、他の人もそれを理想としている社会。最終的には全員が穏やかな空気のようないてもいなくてもいいような人間になることが完成形のような感じです。
ピョコルンという死んだ人間から作り出したかわいいペットが性欲処理、出産、家事代行などの人が嫌がる仕事を受け入れる世界。
男を生活を支える金を稼いでくる虫のように思っている。その対価として罵倒されたり暴力をされたりを受け入れている。
夫との性生活なんてありえないという世界。ピョコルンでなく自分を求めてこられた日には、それこそ必死で言い訳して回避する。
二人の間にあるのは共依存の関係のみで、もともと愛などは存在しない。専業主婦は家族の中で一番下の身分なのである。
女性蔑視、排外主義、スクールカースト、同調圧力なとの社会問題が圧縮されていました。ラロロリン人という差別される存在がいて、彼らが死ぬとピョコルンになるのだそうです。
誰もが世界を複数持っているという視点は愉快だった。貧乏で差別主義者の中ではそのようになり、裕福で何も考えてない人たちの中では、そのようにふるまう。厳格に差別を否定する正義感の強い人たちの中では、彼女もそのようになる。しかし、だんだん、これらの世界が空気が何も考えない穏やかなものになっていく。この無個性な同一化した世界が一番怖い。
>>みんな、普段、自分のこと、なんとなく被害者だと思ってません?
この感覚は皆持っていて、専業主婦は夫や子の奴隷になっているし、夫は妻や子のためしんどい仕事をしている。子供だけがそれを逃れているが、それはモラトリアムの時代だけなのを自覚していて、大人になると、この消費される者になる社会に組み込まれていくのでした。
そのバランスを保つ存在がピョコルン。性行為や出産、子育てや家事が苦痛の女性の救世主なのです。
しかし、ピョコルンにすべてを押し付けてはいけないという風潮が拡大すると、また、母親が家事や子育ての一部をすることになる。
>>母ルンがどの家にもいれば便利なのにね。ピョコルンも楽になるし
この子供のセリフが一番ぞっとした。
2026 4 13
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