マーブルさんの
レビューに刺激されて、恥ずかしい昔のレビューを引っ張り出してきました。もうブクレコのレビュ―は出すつもりはなかったんですが、許してください。改変なしで載せますので、懐かしいお名前がありますよ(笑。
藤岡正樹さん、今でもご健在です(笑。
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ブクレコつわものの皆さんには及ぶべくもないが、これがマイ書棚200冊、切りのいいレビューになる。
その記念に自分にとって思い出深い本を選びたい、と悩んでいた。そんな折りも折り、ブクレコ某所でこの本の名を目にした。まさしく天の啓示である。
私がもし日本SFオールタイムベスト1を選ぶとしたら迷わずこの作品を選ぶ。
早川書房から文庫版が出た当時、私は奈良市にある某中高一貫校へ通っていた。通学路には
興福寺がある。
そして興福寺には有名な「
三面阿修羅像」がある。私は何度も何度もこの小説を読み、何度も何度も阿修羅像を拝観したのだった。
それくらい、この小説の
阿修羅王は魅力的である。
プラトン、
シッターダ、
ナザレのイエス、
イスカリオテのユダ、そして永遠の「天敵」である
帝釈天、これほどの「ビッグネーム」を圧倒して阿修羅王には圧倒的な存在感と圧倒的な「
哀しみ」がある。
56億7千万年後に顕現するという
弥勒、キリスト教における
最後の審判、宗教にはこの世の破滅とそれに対する救いの予言がある。しかしそんなものは世界を救いはしない、そう知った主人公たちは超越者たるものに果敢に闘いを挑む。しかし所詮勝てる相手ではない。宇宙はやがて
熱力学的死を迎えるのだ。
そのような果てしない時間の果てにある「
虚無」の世界にただ一人生き残り、そこからなお先にある
百億の昼と千億の夜を阿修羅王はただ一人戦い続けていくのだ。
この小説では闘神阿修羅王が
少女として描かれている。これについてはさまざまな論議があったが、私は
興福寺の阿修羅像の面立ちにその理由があると思っている。
萩尾望都の描く阿修羅王も魅力的ではあったが、私にとって「
百億の昼と千億の夜」の阿修羅王は興福寺の憂いを湛えたご尊顔なのだ。
最後に、この本を思い出させてくださった、efさん、mitarai01さん、藤岡正樹さんに深く感謝します。ありがとうございました。
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あらためて光瀬龍氏のご冥福をお祈りする。日本SFBIG3以上の存在であった、私にとっては。
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