hackerさん
レビュアー:
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「『欲望』という名の電車に乗って、『墓場』という電車に乗りかえて、六つ目の角で降りるように言われたのだけれど―『極楽』というところで」(ブランチ登場場面での彼女の最初の台詞)
戦後アメリカの演劇界の巨匠というと、必ず名前が挙がるのが、テネシー・ウィリアムズ(1911-1983)とアーサー・ミラー(1915-2005)です。二人の大きな違いというと、ミラーは『るつぼ』(1953年)のような社会的側面を意識した作品も多く残しているのに対し、ウィリアムズの方は自身の生活から材をとった作品ばかりだとされています。その中でも、1947年にブロードウェイで初演された本書は、間違いなく彼の代表作でしょう。
ヒロインは、南部の大地主だったフランス系の家柄の、未亡人ブランチ・デュボアです。彼女は夫の死後、親や祖父が積みあげてきた借金が理由で、ベルレーヴ(仏語で「美しい夢」)という名前の邸宅を手放す羽目になり、女教師の職も辞め、無一文で、工場労働者スタンリー・コワルスキーと結婚して実家を離れていた、たった一人の肉親である妹のステラの下に身を寄せることになります。ところが、ステラが住んでいたのはニューオーリンズのフレンチ・クオーターの貧しい借家で、ブランチはそれだけでショックを受けます。そして、何かにつけお嬢様ぶり上流階級でを鼻にかけるブランチと、ポーランド移民の息子であるスタンリーは、最初から嫌い合います。それでも、スタンリーのポーカー仲間であるミッチは、お高くとまっているブランチに惹かれ、お互いに結婚を考えるようになります。しかし、ブランチの言動から、彼女がアルコール依存症であること、自分の外見に異常なまでにこだわり陽の下や明るい灯の下には出たがらないこと、実際に何歳なのかよく分からないこと、虚言癖のあること等が次第に皆に分かってきます。そして、スタンレーは、ブランチがベルレーヴを離れた後、町でも最低の安ホテルで生活していたこと、数々の性的問題を起こしたことから教師を首になったこと、そして町を追放されたことを嗅ぎつけたのでした。そして、彼女の夫の死にも、彼女のプライドをずたずたにする重大な秘密が隠されていたのでした。
本書には、アルコール依存症、裕福だった家の没落、粗暴な男性、美しかった過去に縛られる女性、登場するだけで性欲を感じさせる男、性欲を抑えられない女、精神を病む人間、無一文の人々、ホモセクシュアルに悩む男等、ウィリアムズの戯曲を通して扱われる要素が詰め込まれています。そして、戯曲の命は、もちろん台詞にあるわけですが、本書のブランチとスタンリーの台詞の迫力ある毒々しさは、読んでいて息を吞みます。作者の WIkipedia を読むと、この二人の関係には、アルコール依存症で粗暴だった父親と、それでも絶対に別れようとしなかった母親の関係が反映しているように思えますが、本質的にブランチとスタンレーは欲望を抑えられない似た者同士であり、上流階級出身のブランチはそれを直視できず己の境遇に不満なのに対し、移民出身の労働者階級であるスタンレーは己を知り己の境遇に満足しているというのが、本書の基本的構図なのだと思います。題名は、もちろん、どんな「欲望」に駆り立てられようとも、行きつく先は死という人間の姿を象徴したものなのです。
ところで、舞台と同じく、エリア・カザンが監督を務めた1951年の映画化作品は、舞台でもスタンリーを演じたマーロン・ブランドをスターの座に押し上げたものとして、映画ファンの記憶に残っています。また、ステラ役のキム・ハンター、ミッチ役のカール・マルデンは舞台のままでしたが、『風と共に去りぬ』(1939年)のスカーレット・オハラ役で大スターだったヴィヴィアン・リーがブランチという穢れ役を演じ、『風と共に去りぬ』に続いて2度目のアカデミー主演女優賞を取ったことでも知られています。実は彼女は映画の撮影に入る前に、9ヶ月間ロンドンのウエストエンドの舞台でこの役を演じており、「美しすぎて、演技に目が向かない」とまで言われた彼女が、「美しさ」をかなぐり捨てて演じた代表作でもあります。ただし、ブランチ役をこんなに長く演じること自体が大変だったでしょうし、彼女自身がそれ以前から双極性障害の気があったことや、直接の原因ではなかったにしろ、この映画の後で病状が悪化したことを知りながら観ていると、複雑な思いにかられますね。
ヒロインは、南部の大地主だったフランス系の家柄の、未亡人ブランチ・デュボアです。彼女は夫の死後、親や祖父が積みあげてきた借金が理由で、ベルレーヴ(仏語で「美しい夢」)という名前の邸宅を手放す羽目になり、女教師の職も辞め、無一文で、工場労働者スタンリー・コワルスキーと結婚して実家を離れていた、たった一人の肉親である妹のステラの下に身を寄せることになります。ところが、ステラが住んでいたのはニューオーリンズのフレンチ・クオーターの貧しい借家で、ブランチはそれだけでショックを受けます。そして、何かにつけお嬢様ぶり上流階級でを鼻にかけるブランチと、ポーランド移民の息子であるスタンリーは、最初から嫌い合います。それでも、スタンリーのポーカー仲間であるミッチは、お高くとまっているブランチに惹かれ、お互いに結婚を考えるようになります。しかし、ブランチの言動から、彼女がアルコール依存症であること、自分の外見に異常なまでにこだわり陽の下や明るい灯の下には出たがらないこと、実際に何歳なのかよく分からないこと、虚言癖のあること等が次第に皆に分かってきます。そして、スタンレーは、ブランチがベルレーヴを離れた後、町でも最低の安ホテルで生活していたこと、数々の性的問題を起こしたことから教師を首になったこと、そして町を追放されたことを嗅ぎつけたのでした。そして、彼女の夫の死にも、彼女のプライドをずたずたにする重大な秘密が隠されていたのでした。
本書には、アルコール依存症、裕福だった家の没落、粗暴な男性、美しかった過去に縛られる女性、登場するだけで性欲を感じさせる男、性欲を抑えられない女、精神を病む人間、無一文の人々、ホモセクシュアルに悩む男等、ウィリアムズの戯曲を通して扱われる要素が詰め込まれています。そして、戯曲の命は、もちろん台詞にあるわけですが、本書のブランチとスタンリーの台詞の迫力ある毒々しさは、読んでいて息を吞みます。作者の WIkipedia を読むと、この二人の関係には、アルコール依存症で粗暴だった父親と、それでも絶対に別れようとしなかった母親の関係が反映しているように思えますが、本質的にブランチとスタンレーは欲望を抑えられない似た者同士であり、上流階級出身のブランチはそれを直視できず己の境遇に不満なのに対し、移民出身の労働者階級であるスタンレーは己を知り己の境遇に満足しているというのが、本書の基本的構図なのだと思います。題名は、もちろん、どんな「欲望」に駆り立てられようとも、行きつく先は死という人間の姿を象徴したものなのです。
ところで、舞台と同じく、エリア・カザンが監督を務めた1951年の映画化作品は、舞台でもスタンリーを演じたマーロン・ブランドをスターの座に押し上げたものとして、映画ファンの記憶に残っています。また、ステラ役のキム・ハンター、ミッチ役のカール・マルデンは舞台のままでしたが、『風と共に去りぬ』(1939年)のスカーレット・オハラ役で大スターだったヴィヴィアン・リーがブランチという穢れ役を演じ、『風と共に去りぬ』に続いて2度目のアカデミー主演女優賞を取ったことでも知られています。実は彼女は映画の撮影に入る前に、9ヶ月間ロンドンのウエストエンドの舞台でこの役を演じており、「美しすぎて、演技に目が向かない」とまで言われた彼女が、「美しさ」をかなぐり捨てて演じた代表作でもあります。ただし、ブランチ役をこんなに長く演じること自体が大変だったでしょうし、彼女自身がそれ以前から双極性障害の気があったことや、直接の原因ではなかったにしろ、この映画の後で病状が悪化したことを知りながら観ていると、複雑な思いにかられますね。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:221
- ISBN:9784102109069
- 発売日:1988年03月01日
- 価格:540円
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