著者の木下龍也氏には会ったことがある。だからといって贔屓して書評を書くわけではないのはいつもどおりだが、念のため。
著者は若い歌人である。しかしその才能はすでに「この人は詩歌の神から特別なものをもらって生まれてきた人なんだな」と思わせるのに十分なものだ。
B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る
「B型の不足を叫ぶ」のはもちろん献血をよびかける人である。献血という愛の行為(?)を求める人間が逆に人間を無個性な単なる血の供給源とみているという逆説的な恐怖感、不安感。献血を呼びかける人は何万人といるしそれを見た人はその数百倍になるにも関わらず、この表現にたどりついたのは著者が最初だった。
これは(やや大げさな言い方をすれば)池に飛び込むカエルを見た人が何百万人もいるにも関わらず「古池や」の句を読んだのが芭蕉一人だったのに匹敵する偉業であって、優れた詩歌はみなこのような発見を有しているものなのである。
コンビニの蛍光灯は休みなく働かされて殺されました
何気ない歌だが、やはり発見の驚きが隠されていることに気が付くであろう。同時に読者はコンビニバイトに象徴される現代の厳しい労働環境などにも思いを馳せるに違いない。世界をこのように見ることができる人こそ、詩歌の神に愛された人というべきだ。
全体として著者の歌に漂っているのは拭いがたい死のにおいである。
なぜ人は飛び降りるとき靴を脱ぎ揃えておくのだろうか鳩よ
はい死んだはい死んだって言いながらあなたがめくる朝日新聞
だが、「著者は死をにおわせることで、逆説的に激しく生を希求している」などと分析するのは単純に過ぎるうえ、実際のところ的外れであるように思われる。著者からは激しい生への希求など感じない。だからといって「これが今の世代のリアリティなのである」などというのもやはり違っている。正直に言って著者が何を求め、何を表現していくかはいまだ未知数というほかはない。
第一歌集(本書だ)が出た時点で、すでに第二歌集が読みたくなる。もっとも注目すべき歌人の一人であることは間違いない。
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