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地底湖に沈む秘密の話

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
死の泉
物語は第二次世界大戦下のドイツで私生児を産んだマルガレーテの手記の形で進んでいきます。
身寄りがなかったマルガレーテはレーベンスボルンという産院で出産を待ちながら孤児の世話をして過ごしていた。
レーベンスボルンは純血のアーリア人を増やすという国策のもとに運営されるナチの施設だったが、産まれた赤ん坊は金髪碧眼ならSSの家庭に養子としてもらわれていき、アーリア人の特徴を示さない赤ん坊は処分されたという。
優生学の理論を純粋に実践して結果が怖ろしいまでに描かれていく。

レーベンスボルンの所長はSSの医師クラウスだったが、芸術を愛するあまり美しい声の少年エーリヒを養子に望んでいた。
自分が独身であるためエーリヒを養子にするのに不利だと知ったクラウスは、マルガレーテに求婚する。
ミヒャエルと名付けた息子を育てるためにクラウスの求婚を受け入れたマルガレーテは、養子となったエーリヒとその兄代わりのフランツと身を寄せ合い、歪な形の家族として戦争の騒乱や苦境から目を背けてクラウスの屋敷で過ごしていく。
だが敗戦に伴う混乱で家族は引き裂かれ、マルガレーテの精神もまた崩壊していたのだった。

そして十五年後、マルガレーテの恋人だったギュンターの視点から物語が語られます。
マルガレーテが生んだ自分の息子ミヒャエルのことを時折思い出しつつも、彼らを探して会いに行こうとするほどではなかった。
だがそんなギュンターのもとに、彼が相続したまま放置していた城の廃墟を買い取りたいとクラウスがやってきたのだ。
クラウスに招かれて行った家で、マルガレーテと再会するギュンターだったが、マルガレーテの意識は現実から彷徨いだしたままだった。
記憶の破片のように城に住む双頭のヤヌスの様な姿の老人と若者がソプラノで歌うシーン、クラウスの実験の被験体となった双子、そしてマルガレーテが愛した相手が交差していく。
タイトルとなっている「死の泉」はウンディーネの伝説からきていました。
自分を裏切った愛する騎士を涙でおぼれさせて殺した泉の精の涙のように、塩水の湖で繰り広げられるクライマックスへ向けて物語は静かに進んでいく。

ストーリーもさることながら、描き出される情景が一幅の絵画を味わいつくさせるような気にさせられる。
スターバト・マーテルが鳴り響く印象深い話だった。
  • 掲載日:2025/11/12
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