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「熊」とは何か。それはどこにいるのか。

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!免許皆伝
  • 熊はどこにいるの
  • by
  • 出版社:河出書房新社
熊はどこにいるの
第61回谷崎潤一郎賞受賞作。

クマの出没が世間を騒がせている今日この頃。
本書では実際の生物学的な「熊」が現れるわけではない。が、心にざわめきを残す小説である。

アイ、リツ、ヒロ、サキ。4人の女たちと「ユキ」と名付けられた1人の子供を巡る物語。
大震災後七年を経た東北の「M市」。丘の上には、暴力から逃れてきた女たちを匿う家がある。丘の家は「先生」と呼ばれる老女が切り盛りする。
アイとリツは丘の隠れ家に住む。アイは非正規雇用に疲れ果て転がり込んだ。リツは幼少時に性加害を受け、男性が苦手である。ヒロは震災の後、M市に移り住んできた。サキは震災をきっかけに体を売る仕事を経験し、その後、故郷を離れている。

アイはあるとき、道の駅のトイレで赤ん坊を見つける。男の子。彼女はその子を拾ってしまう。しかし、同居するリツは大の男嫌いで、アイと「先生」は女の子と偽って丘の家でしばらく育てることにする。「ユキ」と名付けられた子は、女の子っぽい服を着せられ、3人の女たちに世話されて育っていく。丘の家を出てはいけない。外には熊がいる、と言い聞かされて。

ヒロとサキはカフェで知り合い、おしゃべりする間柄だった。あるとき、サキは夜中に電話をしてきて、詳しい事情も告げず、ある場所に送ってほしいという。何やらバスタオルにくるんだものを抱えて車に乗り込み、戻ってきたときは手ぶらだった。それきり、サキとの連絡はつかなくなった。

何年か後。「先生」はすでに亡くなっている。
ふもとの町で、男の子が1人保護される。身元は分からず、名前も不明。終日後、名前を聞かれて「クマ」と名乗った子は「クマオ」と呼ばれるようになる。
果たして、この子は誰なのか。

物語は4人の女、それぞれの視点から語られる短い断章がつなぎ合わされ、過去と現在とを行き来する。4人の女の軌跡が時に交わる。
女たちはそれぞれ、過去を抱え、傷を内包している。それぞれにそれぞれの「生きにくさ」がある。しかしだからといって、100%被害者で100%同情に値するわけではない。弱いものに対して、歯を剥き、爪で切り裂くこともできるのだ。
熊は外の怖い世界にいるのか。丘の上、家の中なら安全なのか。
本当のところ、「熊はどこにいるの」だろう。
物語は明快な白黒をつけない。もやもやざらざらを引きずらせることが、むしろ主眼なのか。
個人的には小児性愛的な描写には若干辟易するし、登場人物の誰にも共感も持てないのだが。ざわりとした質感はなかなか得難いものかもしれない。
  • 掲載日:2025/11/10
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