韓国の気鋭の作家。
通称「釘」と通称「モアイ」は中学生。別に友達というわけでもないが、2人セットで、いじめっ子「チス」が率いるグループに壮絶ないじめを受けている。
そんな2人はある時見つけた原っぱの卓球台で卓球をするようになる。
「モアイ」は「ハレー彗星を待ち望む会」というクラブに入っているという。メンバーはみんな、痛い目にあって世界が終わればよいと思っている人たちだ。
「釘」も「モアイ」も、「ハレー彗星」のメンバーも、結局のところ、「人類」から「なきもの」のように扱われている同士なのだ。
冒頭のいじめのシーンは、かなりリアルでなかなかつらいのだが、過酷な中学生の日常を、作者は独特のテンポのある文体で、リズミカルに綴っていく。
「釘」の脳内妄想ダダ漏れのような冗舌な語りは、壮絶ないじめすらどこかシュールなものにしていく。
しかし、シュールなのは文体だけではない。
「ハレー彗星」の会や卓球用品店主が登場するあたりから、SFめいたぶっ飛んだ展開が続き、読者は渦潮に巻き込まれるように物語に呑み込まれてゆく。
絶望しているものたちの願いをよそに、ハレー彗星は一向に降ってこない。
だがその代わり、巨大なピンポン球が地球に降りてくる。卓球界と化した地球上では、「人類」をアンインストールする(排除する)か、インストールしたままにする(存続させる)かを決する試合が行われる。
いじめられっ子vs「人類」代表。
「釘」と「モアイ」が勝てば、「人類」をアンインストールするかどうかの選択権が彼らに与えられる。
試合の行方やいかに。
世界のどこかで、誰かが本当に困っている。でも人類の大多数はまったくそんなこと気にもせず、何事もない日々を送る。
あるときはAが優勢、あるときはBが押す。世は永遠にジュースポイントだ。
この不条理は変わらないのか? ピンポンしながら、考えてみる・・・?
*はじめての海外文学 vol.3(→
応援読書会)の推薦リスト中で、何と3人の方がこれを推薦されているのですが。うーーん、そうなのか・・・。初心者向けの選書としてはいささか尖りすぎじゃないのかと思うのですが。何かガイブンを好きになれるかどうかの試金石になってしまうような気が(^^;)。乗れる人と乗れない人がくっきりわかれる作品ではないかと思います。
*作中、後半に出てくる、「遠くにいくほど大きく見える」という設定は、エンデの
『ジム・ボタンと13人の海賊』をちょっと思い出します。作者がここから着想しているかどうかはわかりませんが。
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