剣の腕は世に知れ渡っている。請われても腕を見せつけるような試合はなるべく避ける。それてもかかってくる相手をいざとなれば凄技で打ち倒す。
食ってかかる相手や敵愾心むき出しの相手でも、どこか気に入るところがあれば受け入れ、いつの間にかその相手もまた惹き込まれている。
話術があるわけでもないし、志を熱く語るでもない。もちろん相手を説得したり論破するわけでもない。
人たらしという言葉がそのまま当てはまる人物像。
尊王とか攘夷とか佐幕とか、誰を暗殺するとか物騒で堅苦しい話や熱っぽい話は苦手、誰の意見もふわふわ聞きながらどこかが違うなぁと感じている。親友と認める相手が熱く語っても、だ。
江戸で剣の修行を終え、故郷土佐で道場を開いて妻子を持つ、という身分相応とされるような未来について竜馬は、はっきりと違うものを感じている。土佐は竜馬には狭いのだ。
そして土佐について繰り返し作者が語るのは、その地独特の身分制度の息苦しさ。どんなに経済的に恵まれた家でも、剣の腕が凄くても身分の壁は超えることができないのだ。
西洋の文化に触れてみたい気持ち。明らかに進んだ造船技術や政治の仕組みを持つ異国は打ち倒すべき相手ではない。憎しみをもって退けるような相手てはないと感じている。
他の医学を学ぶ塾生たちが単語を必死で暗記しようとする中でぼんやりした不真面目な態度でいながら テキストの大意をしっかりつかむ能力は流石。
鼻毛を抜くとか目上の人の前でも膝をくずすとか、真面目な話をしに来た相手の前で気に抜けた様子だったり、襲われるかもしれない相手が来るのに高いびきで寝込んだり。
豪快、というかのんきというか。自由でスケールが大きい。
そして出てくる多くの女のひとが皆、そういうところに惹かれるのだ。竜馬の好きなタイプ、しっかり自分を持った気の強い女性が多い。乙女姉さん筆頭に。
竜馬がだんだん自分の行きたい道を見定めはじめ、どんな日本にしたいのかを考え始めると、結果「脱藩」にたどり着くのはごく自然なことに感じる。
その時の乙女姉さんとお栄姉さんの態度が素晴らしい。お栄さんにはその後悲しい結果もあるんだけれど。
風が吹く。竜馬を後押しするような風が。
さてこの続きは どうなるのか、長編8冊、飽きることなく読めそうです。
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