安政七年三月三日。日本橋本石町の紙問屋、永岡屋手代の勘七は桜田門にいた。幼馴染みの直次郎が足軽株を買って武士となり、初めて彦根藩の登城に同行するからだ。安政七年三月三日、幼馴染みの晴れ姿を見るはずだった勘七の目の前で「桜田門外の変」が起こる。直次郎の死を看取るところからこの物語は始まる。
店主善五郎から我が子のように可愛がられた勘七は、若くして善五郎の跡取りとして永岡屋の店主となる。善五郎からの「商いの道は服を届けること」との教えを胸に店の切り盛りを行う勘七だが、数々の理不尽に会いもがき苦しむことになる。小諸藩からの二千両の仕事を踏み倒され、莫大な借金を抱え、苦悩する勘七。何度も弱音を吐き、その都度、周囲の叱咤激励を受けて少しずつ成長していく。
この物語はそんな勘七の成長が軸となって展開されるが、もう一つの読みどころは冒頭の桜田門外の変から始まり明治維新にいたる激動の幕末に生きる江戸の人々の姿だ。幕末をテーマにした小説は、とかく勤王の志士やそれに対抗する新撰組を初めとした幕府の勇を主人公にするものだが、江戸の市井の人々がこの動乱をどう生きたかについてはあまり描かれない。弱まってゆく幕府の力を薄々は感じながらも日々の生活を懸命に生きる人々。物価高騰に戸惑い、世を乱す辻斬りや打ち壊しに震え、幕府瓦解の後に我がもの顔で闊歩する薩摩藩士に強い反発を覚える。そんな不安を拭い去るように小さな楽しみを見出す。あくまでフィクションではあるが、普通の暮らしを営んできた普通の人々が現実にどう生きていたかが描かれる。それはもう一つの幕末伝であり、妙に説得力をもったリアリティを感じた。
そんな中、経営危機に陥った永岡屋を救う起死回生の妙手。ここに来て、本書のタイトル「旅立ち寿ぎ申し候」が俄然生きてくる。
そして、明治の世になり桜の散る三月三日。幼馴染みたちと直次郎の墓参りを終え、読者を背に遠ざかってゆく勘七の姿があった。ラストはそんな彼の前途を寿ぎたくなる気持ちになった。
こと‐ほ・ぐ【寿・言祝】
( 上代は「ことほく」。「言(こと)祝(ほ)く」の意 ) ことばで祝福する。よろこびを言う。祝福する。賀す。ことぶく。
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