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孝明天皇と言っても会津界隈の人しかピンとこないんじゃなかろうか。

  • 1866KYOTO最後の天皇
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  • 出版社: ダイヤモンド・ビジネス企画
1866KYOTO最後の天皇
 フィクションとの断りがあるので、これでいいのかもしれないが、せめてどういった史料にあたり、どのような取材の結果、孝明天皇はこのような考えであられたはず、と考えるに至った、裏付けを示して欲しいなと思う。
 孝明天皇は慶喜を最良のパートナーと見なし公武合体の国づくりを目指した。そうかもしれません。慶喜のこと、そして会津や桑名を頼りにしていた。そうでしょう。そこまでは気にならないのだが、天皇が民のことを思って内乱の回避に心砕いたみたいなところは、そうかもしれないし、そうでないかもしれないし、ちょっとわからない。この時代の天皇家にそんな国家観があったのかとモヤモヤした気持ちになる。加えて慶喜が水戸天狗党に何ら救いの手を差し出さなかったのも、長州や薩摩との戦に消極的だったのも、天皇の御心を汲んでなんとか内乱に発展しないように苦心したから、みたいにとれるところは、個人的には納得しかねる。
 後年の保身のために平気で嘘をつき、味方が犠牲になろうとお構いなしで江戸に逃げ帰り、挙げ句は鳥羽伏見の戦は会津桑名が勝手に起こしたことと責任をなすりつけ、維新の動乱が収まったあとには嬉々としてカメラで江戸城を撮りまくる慶喜の行動を見れば、こいつただのサイコパスじゃん!と思っている自分にはしっくりこない内容だった。   
 
 そういう意味からも、この本に書かれているような歴史観にどのようにして著者が至ったのか、巻末にでも参考資料などを載せてもらえると助かるのだが。

 全体を通して著者の思いが強く出過ぎているような気がする。
 

 
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  • 掲載日:2026/05/18
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