札幌の中島公園の西側の大きな家の並ぶ住宅街でも一際大きい館、中島邸。夫婦と愛娘以外に、メイドや執事、居候らしき人たちが住んでいるようだ。
ここに、様々な業を抱えた人間が吸い寄せられ、家人に誘われるように館へ足を踏み入れる。「友人と、その恋人」を連れた若者、「はじめての一人旅」の女児、「徘徊と彷徨」をする壮年、「懐かしい友だち」を思い出した女性、「落とし物」をした女性、病気にも関わらず外を出歩く男児(「待ち人来たらず」)、「今度こそ、さよなら」する女性…。美青年北良氏によって来客の謎が解き明かされていく。
初めての石持浅海。気にはなっていたのだが、手に取るのは初めてだ。
中島邸は、広い庭と多くの空き部屋を持つ、ちょっとした会社の保養施設のような、まさしく館だ。
そこに連れてこられるのは、その辺り、というか館の前で体調不良になったり、迷子になってしまったりしている人だ。
中島邸に住む誰かがそんな訳あり人に声をかけ、邸内に招き入れる。見知らぬ人を本人が望まないのに家に入れてくれるというのは、今の時代、どんな田舎でも、ましてや札幌のような大都市ではなかなかありえないだろう。
それが不自然にならないのはその筆力というより、館の不思議な雰囲気にある。目次の前頁、前付に「―この館に、業を抱えていない人間は来てはいけないんです。」とある。これは、「待ち人来たらず」の話で実際に北良氏が語り手に向かってかける言葉なのだが、この話以外は業(罪や秘密)を持っている人が館に通されている。
つまり、業を抱える人を積極的に受け入れる姿勢が中島邸の住人からあるのだ。
ロジックの名手というだけあって、どの話もきちんとヒントは出されていて(まあ俺は免許証はパスケースで見えるように入れてるけどね)、北良氏の見事な謎解きで私ごとき凡庸な読み手はただ唸るしか無い。もっともこの連作集が全話を通して一つの大きな謎になっているというわけではないようなので、こちらはそれも考えて読んでしまったという負け惜しみも言えるのだが。
謎や秘密が無くなった後の語り手たちのその後は様々だ。前向きな気持ちになった者も、来訪前より苦しい立場になった者も、中には命を落とす者までいる。頭脳明晰な北良氏もそこまでは面倒を見ないようだ。
中島公園の周辺描写が具体的なので、地図で確認すると実在の公園だった。西側というと市電沿いに当たるのかな。札幌は、観光でも出張でも度々訪れたが、あのでかい公園が中島公園だったのか? 市電は乗っていないし、記憶も朧気なので仕方ないが、てっきり架空の地名だと思ったので少し驚いた。
不満は、中島邸の人たちがどのようにしてこの館に来たのか、どうしてこの館に業を抱えた人たちが集まるのか、なぜ業を持たない人たちが来てはいけないのか、という中島邸内部の説明がほぼ無かったこと。それは、私たち読者の考えに自由に任せてあるのか、続編を書くつもりで、今後ぼちぼちと説明していくのか。
個人的には後者の方が望ましいが、筆者の作品の初めてが本書で良かったのか、悪かったのか。その評価にも関わってきそうだ。
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