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古今東西のブッ飛び純文大集合アンソロジー!

フッハッ!な純文: 鴎外から棒一まで・笑文学アンソロジー
このアンソロジーを組んだ河出書房のひとは文学に詳しい上に鬼クソ勇気がある。この本が売れるか否かはひとえに“鴎外から棒一まで”というパワーワードの面白さがどれだけ伝わるかにかかっており、なんぼ吉田棒一がインディーズで大人気だからといって大丈夫なのかと心配してしまうのだが、これが分かる人間には買わずには&読まずにはいられない破壊力がある。刊行を知ってこのワードだけでまんまと予約してしまった。

巻末の解説にもあるが、棒一を知らない方はこの機会に読んでおいたほうがいい。というか棒一以外のラインナップも本が好きなら一度は読んでおいたほうがいいメンツばかり。いやいやそうはいってもたくさんいる作家ぜんぶは読めないじゃないですか……という私のためのようなアンソロジーだった。気になっていたけど手をつけられていなかった有名どころの純文学系作家はだいたいこの一冊で読めた。それでいていわゆる高尚な御文学御芸術という感じではなく副題の「笑文学」の通りおかしみのある……というかどうかしている作品ばかり。これよく集めたなぁ……。


昭和の作品なんかは今の時代なら完成に炎上モノのアウトなヤツもあるのだが、そんな作品には巻末で福田節郎の解説がちゃんとツッコミを入れてくれている。福田節郎のリテラシーの高さに「あ、これキモいって言っていいやつだよな」と改めて認識した。私は昭和生まれ平成育ちの本好きなもので、当時の作品にあるようなオジサンのセクハラ的表現は苦笑いしてスルーして読むクセが無意識のうちについていることに気付かされた。なにぶん当時の社会がそうだったのと、いつの時代も人間の悪い面というのはネタになりやすいから、そういう作品があるのは致し方ない。しかし今読んでキモいと感じることはそれはそれで正しい感覚なのだ。

福田節郎の解説はいらんこと言わないところもよかった。武田百合子のエッセイについては全然内容に関係ないことを書いたり、車谷長吉の犯罪行為的短編には感想を拒否したり。

また他の作品についても自分には思いもしない解釈がされていたりもして、なるほどそんな視点もあるのかと発見があった。本人が最初に断っているように文学的な解説ではなく感想なのだけれど、そこがいい。文学なんてみんな気軽に好き勝手に読めばいいのだ。特にこんなむちゃくちゃなアンソロジーならなおさら。


さて、では私が好きに読んだ個人的な感想も軽くまとめておきたい。

森鴎外『鶏』
み、みみっちぃぃ。鴎外といえば格調高い雅文体の人のはずが、この作品の登場人物はみんな生活感にあふれている。当時の庶民の生活が決して豊かではなかったからだろうけれども、節約しすぎてヘンな人、それでいて妙に潔癖なような、いや鷹揚なような。『舞姫』のイメージが覆えされる。鴎外は『舞姫』のせいでわりと損をしている気がする。


室生犀星『鮠の子』
犀星先生はお魚すきだよな。金魚が女の子になる小説もお書きになっていて金魚は可愛い少女という感じだったのだけど、こちらの『鮠の子』の鮠子は鮠の雌であるという自らの運命にとことん抗う強く潔い若い女だ。世間に飛び出す若い女性へのエールのように感じた。


藤沢清造『犬の出産』
ご近所同士の微妙な人間関係の話。いるよなこういうツンケンした人も、それを噂する人も。たいしたことじゃないけどモヤッとする些細な人間関係の機敏が面白い。結局あの人なんだったんだ……みたいな余韻もいい。


芥川龍之介『あばばばば』
よくいくお店の人ってつい観察してしまったりするなぁ(ということは私のような店員を生業にしている人間も誰かに観察されているのかもしれないけれど、そんなことを気にしていたら生きていけないので考えないことにする)。嫁にきてまだ店番に慣れていない若いお上さんをからかうような芥川だが、しかしお上さんはそんな客など気にもとめず自分の人生を堅実に歩んでいる。普通の日々を地道に暮らすひとの強さがまぶしい。


尾形亀之助『話(小説)─或いは「小さな運動場」』
尾形亀之助の詩はなんだかわからないけれどなんかいい。わかりやすい言葉で書かれているのに何が書かれているのかわからなくて、それでもなんかいいのだ。この『話(小説)』は小説というだけあって亀之助にしてはわかりやすいとは思うのだが、男女の会話は曖昧模糊としてふわふわしている。そのはっきりしなさがいいのだ。


久生十蘭『「女傑」号』
久生十蘭のお母さまがパリーにいらっしゃる話。いや久生は「おふくろ」と書いているのだが読者としてはそんな気楽に書けず「お母さま」になってしまうようななかなかの女傑で、この人と某有名人妻の邂逅が女傑VS女傑で凄まじい。


山之口獏『天国ビルの斎藤さん』
社長と部下というのも独特な関係性があるものですな。長く勤めればなんとなく気心も知れてくるのだけど、完全に腹の内をあきらかにして仲良くなれるわけでもないし。バクさんと斎藤さんの関係も気安くはあるものの問題がないわけでもなく、しかしバクさんのようなサボりがうまくてもムードメーカーな人はやはり社長としても個人としても身近にいてほしかったんだろうなぁとしみじみする。


木山捷平『処女』
私は木山捷平好きなので、これは若い女性のしたたかさと勘違いしたオッサンのダメさを書きたかったんだろうなと弁護させて頂きたい。掃除くらい自分でしろよとも思うのだけど、明治生まれなので波平さん(原作)みたいなものなので、それでもあんまりエラそうじゃなくぽやんとしている呑気なおじさんみたいなところをひとつ汲んでやってください。


坂口安吾『保久呂天皇』
安吾ヤベェ。地方の閉鎖的な村の狭い人間関係のこじれがブッ飛んだ発想につながる。ブッ飛んでいるのにホントにこんな村ありそう。どうなってしまうのか全く予想がつかなくて、奇妙な昔話を聞いた気分。


太宰治『眉山』
うまいよなぁ太宰。どんでん返しみたいに、太宰達ダメな酔っぱらいインテリの甘さみたいなものが最後に暴かれる。自分のそういう矮小なところも太宰はきっとよく分かっていて、その甘さが最大限伝わるように書いているのだな。せつないけどいい話。


織田作之助『ニコ狆先生』
文豪が最初から最後までふざけまくっている。織田作先生やめて笑っちゃう! いやしかしこれは当時煙草が配給になった世相を皮肉っているのだな、と分かると笑ってもいられなくなる。先生めちゃくちゃキレていたのだろうな。


深沢七郎『べえべえぶし』
農民の労働歌の話で、当時の農民の働きっぷり稼ぎっぷりがよく分かる。働き者の善兵衛さんのうたう節が聴こえてきそう。自分の生まれる前の全く知らない時代知らない地域の話なのに懐かしい気がする。


梅崎春生『凡人凡語』
この主人公の他人に深く関わらない飄々とした生き方は私も大いに理想とするところなので良いなと思ったのだが、読み進めていけば、他人に深入りせず飄々と生きようとしてもなかなかままならない狭い世間の人間模様が展開される。どこか不穏でずっと不穏なのだけどなんだか引き込まれる。


武田百合子『世田谷忘年会』
夫の形見を貰ってくれた友人と娘と飲み歩くだけの話。しんみりするかと思いきや……百合子さんの観察眼が鋭すぎる。楽しいお酒の後の余韻がたまらん。


尾辻克彦『出口』
このシンプルなタイトルだけ見て誰がこんなビロウな話を連想するであろうか。全人類が共感する話。こんなビロウな話題をこんな上品に例えられるのがすごい。めちゃくちゃ笑った。


車谷長吉『杉並区』
性犯罪者はこのような思考の果てに本人に罪の自覚なく罪を犯しているのだなということがよく分かる話。日常のちょっとした出来事の感覚で書いているのが怖い。こういうやつはみんな逮捕されればいい。


町田康『本音街』
著者とタイトルから想像される通りの話ではあるのだが、町田康らしいパンクな可笑しみがあり、想像通りで全然OKというか、期待した面白さの斜め上をいく感じで面白かった。


曽根賢『牛乳屋のおんちゃんの話』
おんちゃんてばもうしょうがないなぁ! 好き!


中原昌也『路傍の墓石』
ズルい大人達への怒りに満ちている。大人達に利用される才能への共感。主人公が放つ怒りのエネルギーと、喫茶店の馬の絵のエネルギーがぐるぐるまざり狭い空間の中でみっちりととぐろを巻いているように感じた。


福田節郎『実況』
昼間から草野球の試合をみている無職のオッサンふたりというのがいい塩梅。細かいところなんだけど巧いピッチャーがゆるい球を投げてくれるところが、ピッチャーの只者でなさとオッサン達のダメさを際立たせているようで良いなぁ。このあともこのふたりは結局どうもならずなんだかんだ毎日こんな感じで無為に過ごすんじゃないかと思った。


吉田棒一『ぴっころさん』
真面目な人が読んだら本の襟首を掴んで「テメェふざけてんのか!?」と前後にゆさぶりたくなるかもしれない。がしかし真面目な人にも不良口調が伝染るような不良小説。クソ巧いギタリストがテキトーにチャッと弾いたソロみたいな技巧を感じさせないヌケがあるというか、巨大な不良の掌でもちゃもちゃもまれてポイッと宙に投げられたような弄ばれ感がある。



……とまぁこんな充実した内容です。いつも「お気に入り度」の星をいくつつけるか少し迷うのだけど、これは迷いなく星五つ! もしお好みに合わなかったとしても、色々な意味で忘れられない一冊になるはず!
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  • 掲載日:2026/04/08
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この書評へのコメント

  1. ef2026-04-08 12:05

    これ面白そうだな~と図書館蔵書で見つけて現在リクエスト中です。
    なるほどなるほど。

  2. ちょわ/一夜2026-04-08 20:18

    >efさん
    おおっ!リクエストされているとはさすがですね!面白かったですよ~!

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