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「力を抜く」って簡単そうで難しい。

  • 夏にあたしたちが食べるもの (韓国文学ショートショート きむ ふなセレクション 22)
  • by
  • 出版社:cuon
夏にあたしたちが食べるもの (韓国文学ショートショート きむ ふなセレクション 22)
おばが電話をかけてきて、ひと月後にヨーロッパ旅行に行く予定だと言ったとき、あたしはヒューマンゴシウォンのベッドに寝そべっていた。
こんな書き出しで始まる物語。
そこは借りていた部屋の契約期間が満了し、新しい部屋を探すまで、ほんの一時のつもりで利用したうらびれた簡易宿泊所。
そんなところで寝泊まりしているというと、「そこまで墜ちたか」というインパクトがあって、周りの人がしきりに連絡してきて、ご飯やお酒をおごってくれたりもした。

自分の留守中に編み物店の店番をしてほしいというおばの頼みを聞き入れて、久しぶりに帰郷したのは、売れないバンドをやめ、ミュージシャンの夢に行き詰まった三十代のあたし。

昔ながらの長い路地に面した小さな編み物店でおばは、旅に出る前にかぎ針編みの基本である鎖編みを教えてくれるというのだが、あたしはどうにもうまくできない。

そんなあたしにおばは、力を抜いてごらんというのだけれど…。

どうやら育ての親のような存在らしいおば
就職し新しい一歩を踏み出した長い付き合いの友人b
地元の青年モールでハッドク屋をはじめた脱サラ青年

あたしについても、あたしを取り巻く人たちについても、お互いの関係についても、詳しく説明されることはなく、特別なことが起こったりもしない。

赤の他人の人生のひと夏分をのぞき込むような物語なのだけれど、昔懐かしい路地をあるいていたらふと妙なことを思い出す瞬間とか、昔の仲間たちとの飲み会の帰りの汗ばむような夏の夜に漂う切なさとか、淡々とした日常の中に、読み手に郷愁を感じさせるあれこれがあって、人の心の内を想像させる奥行きもあって…。

真夏に編み物をして、汗をかきながらハッドクを食べて…。
そのちょっとアンバランスな、それでいてそれでいいのだと思えるような、なんだか誰かに、あるいは自分自身に許されたような気分で、まだなにも始まっていないのに、ちょっと良いことがありそうな、そんな余韻も心地よく、読んでいるうちに読み手自身の肩の力も抜けたような気がした。



※【韓国文学ショートショート きむ ふなセレクション】とは
前から読むと日本語、後ろから読むと韓国語の本。
翻訳家きむ ふな氏が今お勧めする作家の深い余韻と新たな発見を感じさせる短編を、日本語と韓国語の2言語で読むことができるシリーズ。
韓国語の朗読をYouTubeで聴くことも可能です。
『原州通信』/イ・ギホ
『ニューヨーク製菓店』/キム・ヨンス
『白い船』/ユン・フミョン
『モーメント・アーケード』/ファン・モガ
『宣陵散策』/チョン・ヨンジュン
『ハナコはいない』/チェ・ユン
『ある夜』/ユン・ソンヒ
『ダニー』/ユン・イヒョン
『僕のルーマニア語の授業』/チャン・ウンジン
  • 掲載日:2026/05/25
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