ゆうちゃんさん
レビュアー:
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この短編集には8編の短編が収められるが、うち6編はミステリー・サスペンス系の小説となっている。山に入っても男女の人間的な関係とドラマは存在する。著者のそんな主張が込められた作品集である。
「先導者」「赤い雪崩」の2編の表題作の他6編の小説を収める。
本書はいずれも50頁程度の短編であるが、殆どが犯罪、サスペンス絡みの作品である。
「先導者」は、知人である宮地に騙され女4人のパーティの先導者になった茂倉の苦難の話。宮地は、当時、未開だった谷川岳から越後と上州の境をなす尾根の縦走を企画し自らが先導者、茂倉は補助者として参加する筈だった。だがその宮地は待ち合わせの駅に現れず茂倉がパーティを率いることになった。女性の登山者の中では貴島だけが頼りになり、泣き虫で甘えん坊の寺門、実力はない癖に貴島と張り合う柳沼、そして山でも化粧熱心な桃野と一癖も二癖もある連中を率いねばならない。その茂倉も装備や食料は十分と思い、結局は宮地の企画した縦走路を進むことを決断する。だが、足取りは遅々として進まず食料も水も尽きてしまう。
「赤い雪崩」は、鹿島が冬の茶臼岳の登山口で出会った男女、舟塚と多津子にまつわる疑惑が発端。彼らは、笠田と言う男も加え3人でパーティを組んだが、笠田が雪崩に遭って死んだという。鹿島は、死体のある山には入りたくないと、その日の登山は諦めふたりと一緒に井川村に戻り、翌日組織された死体回収の一行に加わる。ところが、一行は死んだはずの笠田と出会った。どうやら彼は仮死状態だったらしい。鹿島は、美人の多津子をめぐり舟塚と笠田が三角関係に陥り、舟塚が笠田を殺したのではないかと疑惑を深める。
「嘆きの氷河」は本書唯一の外国が舞台の小説。若宮は、スイス辺境のアルプスにある「魔王の剣」に登山するためにガイドを雇おうとするが、今はシーズ盛りでガイドの予約は空きが無いと言われる。だがペーターと言うガイドだけは手が空いていた。しかし、ペーターとパーティを組んだ若宮は、間もなく彼が村八分にされていることを知る。若宮は魔王の剣の南壁を彼と一緒に登るが、ペーターの技術は非常にしっかりしたものだった。下山中に若宮はペーターの口から、彼が村八分にされた理由を聞かされる。
「登りつめた岸壁」は女癖の悪い名登山家・中村にかけられた疑惑、「蛾の山」は山で出会った女性登山家・洋野まみにまつわる謎、「谷川岳の幽の沢」は「幽の沢」で見つかった死体の謎である。その死体は自分の身内のだという者が3名も現れた。「先導者」以外は、どれも男女関係と殺人事件に関する短編である。
「まぼろしの雷鳥」と「白い砂地」はちょっと毛色の違う話となっているが、「まぼろしの雷鳥」の方は、八ヶ岳で明治以降に絶滅した雷鳥が見つかったという話を巡る一種のサスペンスの話になっている。茅野市役所の関沢は、その雷鳥と雷鳥を撮影した東京在住の女性ふたりの行方を追うのだが、女性はふたりとも殺されてしまう。「白い砂地」は、一見、ミステリーっぽい話ではあるが、不幸な登山家の行く末について考察する、殺人もサスペンスも絡まない話だった。
殆ど男女と殺人に絡む話ではあるが、書かれている内容と筋立てが異なるのでマンネリ化しているとは思えない。中には、「谷川岳の幽の沢」のように(自分には)奇をてらい過ぎて「あり得ないだろう」と思う話も無くはないが(解説には芥川の「藪の中」を彷彿とさせるとあったが・・)。結局、これらのミステリー・サスペンス系の話は、
ミステリーでもサスペンスでもない「白い砂地」には、考えさせる場面もある。上高地の登山中に死んだ田久沢昇のケルン(遭難碑)がなおざりにされているのを見て、昇のケルンを訪ねた芳村(語り手)は、地元のホテルの店主に思わず苦情を言う。しかし店主の大村は
本書はいずれも50頁程度の短編であるが、殆どが犯罪、サスペンス絡みの作品である。
「先導者」は、知人である宮地に騙され女4人のパーティの先導者になった茂倉の苦難の話。宮地は、当時、未開だった谷川岳から越後と上州の境をなす尾根の縦走を企画し自らが先導者、茂倉は補助者として参加する筈だった。だがその宮地は待ち合わせの駅に現れず茂倉がパーティを率いることになった。女性の登山者の中では貴島だけが頼りになり、泣き虫で甘えん坊の寺門、実力はない癖に貴島と張り合う柳沼、そして山でも化粧熱心な桃野と一癖も二癖もある連中を率いねばならない。その茂倉も装備や食料は十分と思い、結局は宮地の企画した縦走路を進むことを決断する。だが、足取りは遅々として進まず食料も水も尽きてしまう。
「赤い雪崩」は、鹿島が冬の茶臼岳の登山口で出会った男女、舟塚と多津子にまつわる疑惑が発端。彼らは、笠田と言う男も加え3人でパーティを組んだが、笠田が雪崩に遭って死んだという。鹿島は、死体のある山には入りたくないと、その日の登山は諦めふたりと一緒に井川村に戻り、翌日組織された死体回収の一行に加わる。ところが、一行は死んだはずの笠田と出会った。どうやら彼は仮死状態だったらしい。鹿島は、美人の多津子をめぐり舟塚と笠田が三角関係に陥り、舟塚が笠田を殺したのではないかと疑惑を深める。
「嘆きの氷河」は本書唯一の外国が舞台の小説。若宮は、スイス辺境のアルプスにある「魔王の剣」に登山するためにガイドを雇おうとするが、今はシーズ盛りでガイドの予約は空きが無いと言われる。だがペーターと言うガイドだけは手が空いていた。しかし、ペーターとパーティを組んだ若宮は、間もなく彼が村八分にされていることを知る。若宮は魔王の剣の南壁を彼と一緒に登るが、ペーターの技術は非常にしっかりしたものだった。下山中に若宮はペーターの口から、彼が村八分にされた理由を聞かされる。
「登りつめた岸壁」は女癖の悪い名登山家・中村にかけられた疑惑、「蛾の山」は山で出会った女性登山家・洋野まみにまつわる謎、「谷川岳の幽の沢」は「幽の沢」で見つかった死体の謎である。その死体は自分の身内のだという者が3名も現れた。「先導者」以外は、どれも男女関係と殺人事件に関する短編である。
「まぼろしの雷鳥」と「白い砂地」はちょっと毛色の違う話となっているが、「まぼろしの雷鳥」の方は、八ヶ岳で明治以降に絶滅した雷鳥が見つかったという話を巡る一種のサスペンスの話になっている。茅野市役所の関沢は、その雷鳥と雷鳥を撮影した東京在住の女性ふたりの行方を追うのだが、女性はふたりとも殺されてしまう。「白い砂地」は、一見、ミステリーっぽい話ではあるが、不幸な登山家の行く末について考察する、殺人もサスペンスも絡まない話だった。
殆ど男女と殺人に絡む話ではあるが、書かれている内容と筋立てが異なるのでマンネリ化しているとは思えない。中には、「谷川岳の幽の沢」のように(自分には)奇をてらい過ぎて「あり得ないだろう」と思う話も無くはないが(解説には芥川の「藪の中」を彷彿とさせるとあったが・・)。結局、これらのミステリー・サスペンス系の話は、
山に善人しかいないというのは嘘だ(167頁、「蛾の山」から)と言う言葉に象徴される。少なくとも似たような言葉が本書の3編には登場する(「氷蒼」・「神々の岸壁」にも同じ言葉が登場する短編がある)。もうひとつ挙げるとすれば
男性ふたりに女性一人、山だって俗っぽいところがある。山だからドラマが起こると言うこともある(303頁、「赤い雪崩」から)。ここで言うドラマは、人間同士のドラマであって山が作る自然と人間のドラマではないだろう。本書の短編はもう完全に人間を中心としたドラマになっていて山や添え物と言った感じである。直近の世間の世界観と異なる話になるが、山ガール(女性の登山者)という言葉は21世紀に流行り始めたと思う。1960年代の新田次郎の小説には「山ガール」がたくさん登場する。新田次郎は、これだけ山を舞台にした小説を書いても「男だけの世界」みたいな感じでは小説にならないと思ったのではないか(一方で同じ年代の実体験の登山記であるガストン・レビュファの「星と嵐」では女性は殆ど登場しない)。これらのミステリー・サスペンス系の話の中では、「嘆きの氷河」が一番良かった。これも殺人が絡む話なのだが、とても味のある締めくくりで、良い意味で人間的なドラマである。
ミステリーでもサスペンスでもない「白い砂地」には、考えさせる場面もある。上高地の登山中に死んだ田久沢昇のケルン(遭難碑)がなおざりにされているのを見て、昇のケルンを訪ねた芳村(語り手)は、地元のホテルの店主に思わず苦情を言う。しかし店主の大村は
山で死ぬことは登山家には不名誉だし、捜索隊を出した地元には怒りの元だと答える。芳村もこの言葉に、そしてケルンがそのうち白い砂地に埋もれてゆくことに納得するのだった。毎年、正月に冬山で遭難し、正月早々救助に駆り出される人たちのニュースに接するが、無理な登山は地元には時期的にもいい迷惑だと思う。著者の山と自然に向ける目はそれだけではない。「まぼろしの雷鳥」では、観光客や登山家による自然破壊の懸念についても書かれている。
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神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:394
- ISBN:9784101122120
- 発売日:1977年08月01日
- 価格:660円
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