三太郎さん
レビュアー:
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作家・北杜夫がたどった旧制高校から大学卒業までの、疾風怒濤の青春期。ちょっと躁うつ病が始まっているかのような、ところどころ変調気味の半生記です。
北杜夫の船乗りクプクプの冒険を久しぶりに再読したら北の本がもっと読みたくなった。
この青春記は東京で旧制の中学生だった頃から始まって、旧制高校時代から大学の医学部時代までの北の青春時代の思い出が綴られている。書いたのが40歳の頃だからもう青春の思い出といってよいのだろう。
旧制高校は今の学制なら大学の教養課程に相当し、旧制中学からの入学試験は狭き門だったらしい。しかし入学してしまえばどこかの帝大には必ず入れたというから、当時の高校入試が今の大学入試に当たるようだ。北は戦時中の混乱期に旧制松本高校に入学したというから、優秀な中学生だったのだろう。
しかし北の中学時代は戦時下の学徒動員により実際には勉強の時間などなかったのだ。北はレイモン・ラディゲの、少年にとっての戦争は「4年間の長い休暇だった」という言葉を引用している。ラディゲの場合は第一次大戦のことだったけれど。授業はなかったから北は旋盤工として働き受験勉強より楽しかったという。それでも試験を通って北は旧制松本高校に入学し、そのまま大町のアルミ工場に配属された。(要するに中学時代の北は受験勉強とは無縁だったようだ。)
入学して直ぐに敗戦を迎えたが、学校は当面の間休校になり、北は父の疎開先の山形へ行く。松本では食べるものが手に入らなかったが、疎開先(たぶん父親の支援者)では食べ物には困らなかったという。童話のような英語の本を読む宿題が出されていたが、中学時代に授業がなかったためだろう、全然英語が読めなかった。
翌春には学校が再開されたが、食べるものがない状態で北は目の前の北アルプスに登った。この頃のことを北は後日、大学時代に書いた最初の小説「幽霊」のなかに書いている。この頃の北は父である歌人・斎藤茂吉の「赤光」のなかの歌を好んでいて、自分でも和歌を作った。
北は当時の日記をしばしば引用しているが、高校時代に懸賞に応募するために小説を三本書いたことをずっと忘れていたという。その一つは漱石の「三四郎」をまねて「才五郎」という題だった。既にユーモア作家の片鱗が見えますね。賞金は貰えなかったようですが・・・
高校在学中に学制が今と同じ6・3・3・4制に変わったので、北は大学の受験勉強に苦しんだらしい。その頃は寮を出て下宿していたが、隣室の赤ん坊の泣き声がうるさいという詩のようなものを書いたとか。
北の家は代々医者だったから自分も医者になるつもりでいたが、その頃には人間関係が苦手で人嫌いの傾向があることが自覚された。中学時代はファーブルの「昆虫記」を愛読し、昆虫採集に熱中するなど、人よりは自然を相手にすることを好んだ。そこで大学では動物学を専攻したいと父に恐る恐る手紙を書いたが、絶対に医者に成れという炎のごとき手紙が届いて、さすがの北も観念したらしい。
(余談ですが、もしこの時に父の茂吉を説得できて、東北大学の生物学科に進学していたら、僕の兄と同じ学科の先輩になるところでした。)
そうして北は杜の都の仙台で医学部生となった。ところが仙台に来てみると杜どころか、街は空爆によって焼け野原になっていた。戦後3年の仙台には市電は走っていたが、まだ定禅寺通りのケヤキ並木はなかった。
そして在学中に北は文学に、特にトーマス・マンに心酔し小説家を目指すことになる。
でも実際の彼は(彼の書いてるところによると)授業にはほとんど出ず、卓球をしたり、詩を書いて懸賞に応募したり、怪しげな雑誌のために掌編を書いたり、女の子とデートしたり、酒を飲み歩いたり、ダンスホールで踊ったり(当時の仙台には占領軍相手のダンスホールが沢山あったという)していたらしいが・・・親からの仕送りも飲んでしまったというのだが、それでもちゃんと医者に成れたのだからよほど要領がよい人だったのかと思ってしまう。
実はこの青春期は出だしと後半で調子の落差が大きく、途中には饒舌が過ぎて読みにくい部分もあり、躁うつ病の影響がすでに表れているような印象なのだが・・・北は在学中に自殺願望に囚われていた時期があったという。小説を書くことでそれから逃れられたと。
北の小説は自分自身と家族がモデルになっているが、小説を書くことが何らかの治療法になっていたのだろうか。最後の章の「愛と学問について」は、父・茂吉の訃報を受けて東京へ戻るシーンで終わるが、その時の北の鞄には彼の最初の長編小説「幽霊」の原稿が入っていたという。
という訳でこれからその「幽霊」を読もうかと思います。
この青春記は東京で旧制の中学生だった頃から始まって、旧制高校時代から大学の医学部時代までの北の青春時代の思い出が綴られている。書いたのが40歳の頃だからもう青春の思い出といってよいのだろう。
旧制高校は今の学制なら大学の教養課程に相当し、旧制中学からの入学試験は狭き門だったらしい。しかし入学してしまえばどこかの帝大には必ず入れたというから、当時の高校入試が今の大学入試に当たるようだ。北は戦時中の混乱期に旧制松本高校に入学したというから、優秀な中学生だったのだろう。
しかし北の中学時代は戦時下の学徒動員により実際には勉強の時間などなかったのだ。北はレイモン・ラディゲの、少年にとっての戦争は「4年間の長い休暇だった」という言葉を引用している。ラディゲの場合は第一次大戦のことだったけれど。授業はなかったから北は旋盤工として働き受験勉強より楽しかったという。それでも試験を通って北は旧制松本高校に入学し、そのまま大町のアルミ工場に配属された。(要するに中学時代の北は受験勉強とは無縁だったようだ。)
入学して直ぐに敗戦を迎えたが、学校は当面の間休校になり、北は父の疎開先の山形へ行く。松本では食べるものが手に入らなかったが、疎開先(たぶん父親の支援者)では食べ物には困らなかったという。童話のような英語の本を読む宿題が出されていたが、中学時代に授業がなかったためだろう、全然英語が読めなかった。
翌春には学校が再開されたが、食べるものがない状態で北は目の前の北アルプスに登った。この頃のことを北は後日、大学時代に書いた最初の小説「幽霊」のなかに書いている。この頃の北は父である歌人・斎藤茂吉の「赤光」のなかの歌を好んでいて、自分でも和歌を作った。
北は当時の日記をしばしば引用しているが、高校時代に懸賞に応募するために小説を三本書いたことをずっと忘れていたという。その一つは漱石の「三四郎」をまねて「才五郎」という題だった。既にユーモア作家の片鱗が見えますね。賞金は貰えなかったようですが・・・
高校在学中に学制が今と同じ6・3・3・4制に変わったので、北は大学の受験勉強に苦しんだらしい。その頃は寮を出て下宿していたが、隣室の赤ん坊の泣き声がうるさいという詩のようなものを書いたとか。
北の家は代々医者だったから自分も医者になるつもりでいたが、その頃には人間関係が苦手で人嫌いの傾向があることが自覚された。中学時代はファーブルの「昆虫記」を愛読し、昆虫採集に熱中するなど、人よりは自然を相手にすることを好んだ。そこで大学では動物学を専攻したいと父に恐る恐る手紙を書いたが、絶対に医者に成れという炎のごとき手紙が届いて、さすがの北も観念したらしい。
(余談ですが、もしこの時に父の茂吉を説得できて、東北大学の生物学科に進学していたら、僕の兄と同じ学科の先輩になるところでした。)
そうして北は杜の都の仙台で医学部生となった。ところが仙台に来てみると杜どころか、街は空爆によって焼け野原になっていた。戦後3年の仙台には市電は走っていたが、まだ定禅寺通りのケヤキ並木はなかった。
そして在学中に北は文学に、特にトーマス・マンに心酔し小説家を目指すことになる。
でも実際の彼は(彼の書いてるところによると)授業にはほとんど出ず、卓球をしたり、詩を書いて懸賞に応募したり、怪しげな雑誌のために掌編を書いたり、女の子とデートしたり、酒を飲み歩いたり、ダンスホールで踊ったり(当時の仙台には占領軍相手のダンスホールが沢山あったという)していたらしいが・・・親からの仕送りも飲んでしまったというのだが、それでもちゃんと医者に成れたのだからよほど要領がよい人だったのかと思ってしまう。
実はこの青春期は出だしと後半で調子の落差が大きく、途中には饒舌が過ぎて読みにくい部分もあり、躁うつ病の影響がすでに表れているような印象なのだが・・・北は在学中に自殺願望に囚われていた時期があったという。小説を書くことでそれから逃れられたと。
北の小説は自分自身と家族がモデルになっているが、小説を書くことが何らかの治療法になっていたのだろうか。最後の章の「愛と学問について」は、父・茂吉の訃報を受けて東京へ戻るシーンで終わるが、その時の北の鞄には彼の最初の長編小説「幽霊」の原稿が入っていたという。
という訳でこれからその「幽霊」を読もうかと思います。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:326
- ISBN:9784101131528
- 発売日:2000年09月01日
- 価格:540円
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