日本人は魚を多く食べてきたと言われていますが、現在ではそれがかなり縮小しているようです。
それにはあまり魚を食べなくなった、漁業従事者が少なくなった、魚が減ったなどの原因がいろいろとあるようです。
そのような「魚と日本人」の関わりを経済学的な観点から見ていきます。
なお、副題にある「食と職」とは、魚を食べる消費者、そして魚にいろいろな立場から関わる職業にある人々を指します。
そして本書の構成も、消費者、小売業者、卸売業者、漁業者と分けて考察していきます。
それを見ると、日本の漁業というものがいずれの場でも縮小しているということがよく分かります。
日本人の魚の消費量は落ち続けています。
かつては「加齢効果」といって若いうちは肉を好んでも年を取るにつれて魚を食べるようになると言われていました。
しかしそのような傾向が見られたのも団塊の世代まででそれ以下の世代ではいくら年をとっても魚を好むようにはならないということが見えてきました。
都市生活者にとって、魚というのは面倒な存在となってしまいました。
丸魚をさばくなどということは不可能、焼く時の煙やにおいも問題です。
さらに魚は比較的高価になってしまったことも障害となります。
消費者に販売する小売業者、すなわち魚屋さんというものも激減しています。
かつては商店街には必ずあり、景気の良い声で客を呼び込んでいましたが、そういった小売店はどんどんと閉まっています。
もちろんこの傾向は魚屋に限ったわけではなく、他の小売店も大型店に押されてどんどんとなくなっていきます。
大型店にも鮮魚コーナーというものがありますが、そこで売られているものは冷凍輸入魚が大半となっています。
スーパーでも地方資本の中小業者の場合は店内に本当の鮮魚コーナーというものを設け、丸魚を販売して客の求めによりさばいてくれることもあったのですが、それもスーパー間の競争激化で減ってしまいました。
魚の卸売市場には二種類あります。
消費地にあり、生産地から運ばれてきた魚を小売業者に売るものと、生産地にあり漁業者が荷受と呼ばれる卸業者に売るという役割のものです。
ただし、このような卸売市場を通す流通はどんどんと減ってしまい、生産者と大手小売業者が直接取引をする相対取引という流通が大部分を占めるようになっています。
卸売市場はスムーズな流通を行うという機能とともに、魚の取引の相場を決めるという機能も持っていました。
それが衰えることで魚の取引相場というものが見えにくくなっています。
魚の生産者、すなわち漁師という人々も減り続けています。
高齢化が進みさらに新規就労者も減少しています。
漁業では儲からないと漁師たちも子供にあとを継がせようとしません。
かつては日本の漁業は世界の海に乗り出していました。
各種の魚種に応じた母船式の船団が、マグロ、カニ、サケ、マス、スケソウダラ、カレイなどを狙っていったのですが、徐々に廃業していきさらに沿岸国が漁業専管水域を設け外国船の操業を制限するようになって息の根が止められました。
1997年に米ソが水域設定を行い、続いて各国が設定したため日本の遠洋漁業は壊滅しました。
最後の北洋サケマス流し網漁船は2015年に歴史を閉じました。
遠洋漁業の従事者たちは沿岸漁業や他の船舶操縦へと移っていきました。
しかし魚食も魚職も決して朽ちさせてはいけないと著者は結んでいます。
それが日本経済を豊かにするヒントを持っていると見ています。
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