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「あの頃のぼく」なら、どう感じたろう?

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
ぼくらは海へ
 「ズッコケ3人組」シリーズで有名な著者による1980年発表の児童小説を、30年経ってから文庫化したもの。一度、子ども向け文庫にもなっているが、あらためて大人向けのふつうの文庫レーベルに入っていることを考えれば、それだけ「読み応え」のある1冊であろうことが推測できる。調べてみると「傑作」として有名らしいが、ズッコケシリーズを読んだ大人が、懐かしさから気軽に手にとって読もうとすると足払いを喰らう。

 本書のストーリーを要約すれば、海沿いの埋め立て地に集まっていた小学六年の男子たちが船を作りはじめ、海に乗り出すことを試みるひと夏のお話、とはなる。なんとも夏休みにふさわしい内容で、ファンタジーすら感じさせてしまうタイトルでもある。
 しかし実際に読むと、同じ年代の男の子たちを扱っているものの、ズッコケシリーズとはまったく雰囲気は異なるばかりか、なんとも「ややこしい感情を読む者に与える」(あさのあつこ氏の文庫版「解説」より)のである。

 1980年といえばズッコケシリーズもはじまったばかりで、著者も今ほど「大家」扱いされなかった頃でもある。なにゆえ著者はこのような「児童小説」を世に向けて送り出そうとしたのか。「文庫化によせて」では「船を作る子どもたちの話を書こうと思い立った」と書き記してはいるが、描かれるのは「船を作る」話だけではない。どこかうっくつする子どもたちのモノローグで満たされた小説でもある。
 「力を合わせて作る」という仲間意識がある一方、そこに「仲間ではない」意識を感じる者もいる。さらにそこには勉強の出来不出来や貧富もからんだりする。スクールカーストなどという言葉が生まれるはるか前の時代だ。それぞれがかかえる、それぞれの事情も描かれる。中学受験を目指す学習塾の日々や、家族の事情にもページが割かれる。母子家庭、貧しさ、兄弟の病、心が離れている家族・・・。「昭和」という言葉で一緒くたに牧歌的に回顧されることも少なくないが、1980年前後には受験地獄ということばも生まれている。著者はそうした同時代の感覚を丁寧に取り込んでいる。

 空を飛ぶ少年少女が描きたかったとして、日常生活を積み上げて壮大なファンタジーを紡ぎ上げた加納朋子『少年少女飛行倶楽部』にくらべ、本書は徹底的にリアリズムを追究している。それは作り上げていく「船」の描写にも表れている。埋め立て地に放棄された資材との試行錯誤を経て、船が作り上げられていく。箱形から筏型へ、安定を考えてマストの位置の変更、より浮力を得得るためにドラム缶の活用、と具体的に進化していく。
 リアリズムに満ちたこの小説にどのような決着を著者はつけるのか、つまらない大人になってしまった元少年も、とても気になった。結末を書いてしまうとネタばれになってしまうので書けないが、最後の最後でも作者は思いもかけぬ力技を見せつける。

 老若男女を問わない作品として文庫化された理由のわかる読み応えである。一方で、今の「私」ではなく「1980年の私」もしくは「現代のぼくら」が、本書を読んだら、どう感じるのかがとても気になる。

*初出:TRCブックポータル 2015年7月
・再掲載にあたり、いくつか文言の修正や改行などを行いました。

『少年少女飛行倶楽部』
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  • 掲載日:2026/04/08
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