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紅い芥子粒
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美しい満月を見るたびに、竹取の翁はかぐや姫を思い出し、涙にくれることだろう。
何年か前に、川端康成の現代語訳「竹取物語」(河出文庫)を読んだ。
「竹取物語」を初めから終わりまで読んだのは、このときが初めてだった。

五人の求婚者を破滅させても、なんとも思わない。そのうちの一人は、いのちを落としたというのに、ちょっとかわいそうと、つぶやくだけ。かぐや姫って、こんなに冷たい女の子だったのかと、おどろいたものだ。解説で、川端康成が竹取物語の作者の文章をほめちぎっていたが、その本には原文は掲載されていなかった。

今回読んだのは、角川ソフィア文庫の「竹取物語」(ビギナーズ・クラシックス)。
段ごとに、まず現代語訳があり、次いで古文があり、解説があり、当時の文化や習俗を説明してくれるコラムがあり、という順番で、ストレスなく読める。
解説やコラムの文章が、ユーモアがあって肩がこらないのがいい。
目次を見るだけで、あらすじがわかるところが、もっといい。
こんな具合にーー
「竹の中で光り輝く小さなかわいい女の子」
「黄金入りの竹で大富豪になったじいさん」
「成人したかぐや姫のもとに群がる求婚者」
…… ……
著者名がなく、”角川書店編”としか書かれていない。チームで書いた本ということだろうか?

「竹取物語」の成立年代は、9世紀末(平安時代初期)だという。
作者は特定されていない。
作者が男性か女性かといえば、わたしは男性だと思う。
翁の心情はよく書かれているのに、媼の存在感があまりにも薄いからだ。
翁は小さな女の子を手に包んで持ち帰り、妻の媼に預けて養わすとある。
身の丈三寸しかないお人形のような女の子を、手塩にかけて育てたのは媼なのだ。
作者が女性だったら、媼とかぐや姫の心の通ったやりとりを、きっと書くだろう。
「竹取物語」は、男性が書いた父親の物語でもあるのだ。

竹取の翁とは、いったいどんな人物なのか。
名をば讃岐造となむいいけると、あるように、そこそこの身分はあるが、貧乏だったようだ。なんらかの事情があって落ちぶれたのかもしれない。おそらく実子には恵まれなかった。媼とふたりで、つつましく暮らしていた。そこに現れたかぐや姫。
姫だけではない。竹を切るたびに黄金がざくざく……
翁は、この時点でうすうす気づいていたはずだ。どこかにかぐや姫を見守る”目”があることを。そのどこかは、おそらく天界で、姫は、いつか天界の”実家”へ帰って行く定めの人であることを。

かぐや姫の婿取りは、翁にはプレッシャーだったにちがいない。天界から見張られているのだ。婿は、身分も富も人柄も、文句のつけようのない人でないといけない。
だから、五人の貴公子が求婚に失敗して、最後の最後に帝があらわれたときは、内心おおよろこびだったにちがいない。帝は、人界の最高位の人だから。
ああ、それなのに、かぐや姫ときたら……

いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、なんぢが助けにとて、片時のほどとて降ししを……
これが、天人が翁のところにかぐや姫を送った理由だ。天界から見ていて、翁は良いことをしているのに報われない人生を送っているようにみえたのだろう。良い夫婦なのに実子がないことをあわれんだのかもしれない。かぐや姫は、翁媼に子を育てる喜びと悩みを味わわせてくれた。黄金ザクザクで大富豪……は、おまけにすぎない。

翁は、言葉を尽くして天人に抵抗し、かぐや姫を返すまいとするが、無駄だった。
最後の最後に、翁はわが子との別離の苦しみを知ったのだ。
翁は悲しみのためにねこんでしまったというが、ときが経てば悲しみはやわらいでいくと思いたい。悲しみも苦しも、媼と分かち合えるから。
美しい満月を見るたびに、竹取の翁は媼とともに、かぐや姫を思い出し、涙にくれることだろう。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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