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かつてポルトガル人がその美しさに「フォルモサ(麗しの島)」とたたえた台湾。その歴史は、林家の人びとの人生そのものだった。
すごい一家だ。日本統治時代以降の台湾史上における数々の重大事件に、家族全員がなんらかの形で関わっているのだから。それは、林(リン)家の男たちが、それぞれのやり方で〈公理と正義〉を追求していることに由来する。
夫の太郎は新聞社に勤めていたが、二二八事件後、魂の抜けた〈彫像〉と化してしまった。また息子二人、兄の平和(ピンホー)は弁護士として高雄地下鉄タイ人労働者暴動事件に関わることになり、弟の起義(チーイー)は美麗島事件のデモ参加者として逮捕されている。そして起義の一人息子哲浩(ジョーハオ)は、いじめ事件を調査している指導教授に伴い、謎めいた死をとげた少年Y(葉永鋕)の保護者や学校を訪問したり、ボーイフレンドと一緒に高雄の第一回LGBTパレードに参加したりした。
一方、そんな男たちを支えた女たちも、〈公理と正義のドレスを身にまと〉い、愛する家族を守るために必死に戦っていた。妻の春蘭(チュンラン)は、動かなくなった夫と幼い平和を連れ、お腹の中に起義を身ごもりながら台北から南(高雄)へと引っ越し、生活を安定させる。そしてこの引っ越し先を迅速に手配してくれたのが太郎の姉の桜で、舶来品を売る商売をしながら、起義を預かり育ててくれた。さらには起義の妻となった月娥(ユエオー)も、夫の不安をすべて引き受け「あなたがいればそれでいい」と言い、太郎の世話をしてくれるフィリピン人のお手伝い阿美(アビー)はいつもにこにこ、曇天に差す一筋の陽光のように明るい気持ちにさせてくれる。男たちは、どれだけこの女性たちに救われてきたことか。彼らにとって、家庭こそが誇り高き母なる〈ゆりかご〉であり、愛すべき「フォルモサ」ではなかったか。
本書は、登場人物それぞれの目線で書かれた連作短編形式になっているのだが、林家の人びとの生き方に大きな影響を与えることになった夫、太郎の目線で書かれたものがない。太郎はある出来事をきっかけに、一心不乱に何かを書きためていたが、その手記も提示されない。ゆえに読者は、家族から見た動かない太郎の姿しか知り得ない。ところが、この手記の謎が突如明かされ、林家の兄弟とともに読者も大きな衝撃を受けることになる。私はそこを読んだとき、しばし呆然としてしまった。
これまで、台湾という国にあまり関心がなく、普段とくに意識することもなかった。日本が統治していた歴史のある、日本と関わりの深い国なのに。しかし本書を読んで、私の中でぼんやりしていた台湾が、くっきりと浮かび上がってきた。新聞で台湾に関する記事を見つけると必ず目を通すようになったし、テレビから「台湾」と聞こえてくればハッと目を向けるようになった。この変化があっただけでも、本書を読んだ意義は私にとってとても大きい。
春蘭の「家族そろって暮らしていければそれでじゅうぶんなのよ」という思いが、ずっしりと心に残る。
夫の太郎は新聞社に勤めていたが、二二八事件後、魂の抜けた〈彫像〉と化してしまった。また息子二人、兄の平和(ピンホー)は弁護士として高雄地下鉄タイ人労働者暴動事件に関わることになり、弟の起義(チーイー)は美麗島事件のデモ参加者として逮捕されている。そして起義の一人息子哲浩(ジョーハオ)は、いじめ事件を調査している指導教授に伴い、謎めいた死をとげた少年Y(葉永鋕)の保護者や学校を訪問したり、ボーイフレンドと一緒に高雄の第一回LGBTパレードに参加したりした。
一方、そんな男たちを支えた女たちも、〈公理と正義のドレスを身にまと〉い、愛する家族を守るために必死に戦っていた。妻の春蘭(チュンラン)は、動かなくなった夫と幼い平和を連れ、お腹の中に起義を身ごもりながら台北から南(高雄)へと引っ越し、生活を安定させる。そしてこの引っ越し先を迅速に手配してくれたのが太郎の姉の桜で、舶来品を売る商売をしながら、起義を預かり育ててくれた。さらには起義の妻となった月娥(ユエオー)も、夫の不安をすべて引き受け「あなたがいればそれでいい」と言い、太郎の世話をしてくれるフィリピン人のお手伝い阿美(アビー)はいつもにこにこ、曇天に差す一筋の陽光のように明るい気持ちにさせてくれる。男たちは、どれだけこの女性たちに救われてきたことか。彼らにとって、家庭こそが誇り高き母なる〈ゆりかご〉であり、愛すべき「フォルモサ」ではなかったか。
本書は、登場人物それぞれの目線で書かれた連作短編形式になっているのだが、林家の人びとの生き方に大きな影響を与えることになった夫、太郎の目線で書かれたものがない。太郎はある出来事をきっかけに、一心不乱に何かを書きためていたが、その手記も提示されない。ゆえに読者は、家族から見た動かない太郎の姿しか知り得ない。ところが、この手記の謎が突如明かされ、林家の兄弟とともに読者も大きな衝撃を受けることになる。私はそこを読んだとき、しばし呆然としてしまった。
これまで、台湾という国にあまり関心がなく、普段とくに意識することもなかった。日本が統治していた歴史のある、日本と関わりの深い国なのに。しかし本書を読んで、私の中でぼんやりしていた台湾が、くっきりと浮かび上がってきた。新聞で台湾に関する記事を見つけると必ず目を通すようになったし、テレビから「台湾」と聞こえてくればハッと目を向けるようになった。この変化があっただけでも、本書を読んだ意義は私にとってとても大きい。
春蘭の「家族そろって暮らしていければそれでじゅうぶんなのよ」という思いが、ずっしりと心に残る。
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- 出版社:書肆侃侃房
- ページ数:224
- ISBN:9784863854161
- 発売日:2020年09月17日
- 価格:2090円
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