雀ちょっちょ

直次郎には、狂歌を捨ててでも守らねばならないものがありました
ここに2010年度小林秀雄賞の選考委員だった橋本治氏のあとがきを紹介したい。”加藤先生は、「みんなで考えてよ、私は手がかりを上げるから」と言っているのでした。”それを知るために、何度でも読み返したい。
方向は違うけれども、「太平洋戦争を始めるまでの段取りの悪さの検討」も「戦争の悲惨さの訴え」も、、どちらも戦争を「既知の事柄」にしてしまっている点では同じです。かつて経験した戦争を「既知の事柄」にしてしまうと、「なんだってあんな悲惨な結果になった戦争を、日本人は惹き起こしてしまったんだろう?」という疑問が成立しなくなります。「既知の事柄になる」ということは、「それは疑いなく存在した。だからそれを改めて検討する必要はない」ということになってしまって、「戦争があった」以前のことが考えられなくなるーその必要を感じなくなることなのです。”惹かれる”という漢字を敢えてを使った”惹き起こす”と書かれているこの文章は衝撃的だが、そう、まず考えることの一助としてこの本はあるのだ、と読み終わって痛感した。
戦争は国家間でなされ、国家が究極的にめざすのは、敵対国の憲法原理、すなわち、国家を成り立たせている社会の基本秩序をかきかえること
そして第二次世界大戦の敗北によって日本は、大日本帝国憲法と天皇制という憲法原理を連合国の手で書きかえられ、日本国憲法と象徴天皇制を新たな憲法原理としてし手中にすることとなったと著者は言う。





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