フランス領アルジェリアの港町、オランで暮らす三十代の医師リウーは、
診察室から出て階段口の真ん中で死んだネズミにつまずく。
この有名な物語がそんな風に始まるのだということは、
なぜだか知っていたが、
実を言うと私はこれまで一度も、この作品を読んだことがなかった。
新型コロナウイルスの影響を受けて、
すごい勢いで売れていると聞いていたので、
あまのじゃくの私としては(読まなくてもいいかな)とも思っていたのだが、
先日読んだサラマーゴの 『白の闇』が思いの外面白かったので、
やはりこちらも読んでおくべきかと、Kindle版を購入した。
(余談だが、電子書籍は丁寧に読むのには不向きな気がするが、
店頭でもネット書店でも品切れになってしまっているような本でも
手軽に入手できるとともに
なんといっても文字の大きさを調整できるところが良い)
オランの街にペストが流行、
人びとは次々と感染し、
街全体が世界から隔離されるという状況に発展していく。
不安、憤り、嘆き、絶望……
埋葬が追いつかないほどのおびただしい死者が積み上げられていく中で
街の人々は死と隣り合わせの日々を送ることになっていく。
そんな中で描かれる、行政の無能ぶりと人々の献身が印象深い。
患者の間を渡り歩き、診断し、隔離し、看取りと
目の前の仕事をこなすことに尽力する医者のリウー。
役所の仕事をしながらリウーに協力する小役人のグラン。
たまたまオランを訪れていたときに封鎖にあった記者のランベールは、
パリに残してきた恋人の元に帰りたいがために何度か封鎖破りを試みるも、
結局は街に留まりリウーに手を貸すことに。
悠々自適の旅人だったはずのタルーもまた、
人々を熱心に観察しながら、
リウーとともに猛威を振るうペストに最前線で対峙する。
そして当初ペストに「神の懲罰」を見ていたパヌルー神父はというと……。
もし、この物語を、
世界中で新型コロナウイルスとのたたかいが繰り広げられている今ではなく、
全く別の時期に読んでいたのなら、
おそらく私は、
よく言われているように「ペスト」を「ナチスの寓意」としてとらえ、
たとえば、オランを「占領下で封鎖された街」という風に
頭の中であれこれ置き換えて読み進めていたに違いない。
けれども、
疫病が猛威をふるう世界各地の閉鎖された街の映像を目にし
ボランティアで日夜救急車に乗り込む
イタリア在住のブロガーさんのレポートを目にしている今は、
或いは外出自粛を促され、多くの人が休業を余儀なくされ
期せずして非日常を日常として暮らすことになった今は、
物語の中の人々に
自分と自分の周囲の人々の姿を重ね合わせずにはいられなかった。
そうした“今”と重ねてこの小説を読むことは
邪道であるかもしれないとは思いつつも……。




本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
この書評へのコメント
- calmelavie2020-06-13 23:24お久しぶりです。 
 マンガはいかがでしょうか。
 
 朱戸アオの『リウーを待ちながら』という作品です。ある日、富士山の麓の町に突如発生したペストと戦う医師と住民たちの物語です。3年ほど前に刊行されている作品ですが、驚くべきことに、現在のこの状況を描いています。今この一瞬もなお、世界中で多くのリウーたちが、文字通り命がけで人々の生命を救おうとする活動を続けています。この作品を読み、あらためて、この困難に立ち向かう医師たちへの深い感謝の思いが湧いてきました。
 
 *僕も<あまのじゃく>なので、この時期に『ペスト』を読み返すつもりはなかったのですが、娘が貸してくれと言うので、古い付箋だらけの文庫本を与えて、さて、内容を議論されたらどうしようかと不安になり(笑)、全集本のほうで再々読しました。
 
 *<今>と重ねて読むことは、邪道ではなく、むしろ正道だと思います!作者も喜びます。たぶん(^o^)
 
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- calmelavie2020-06-16 20:42Oh! ネルヴァル! 
 『夢と人生』のコメントが懐かしいですね。覚えていらっしゃいましたかww
 新訳の作品集が出ているとは知りませんでした。ちょっと気になりますね。
 
 数年前、Kindleでネルヴァルの原書『OEUVRES (作品集)』を見つけ、ダウンロードしました。価格は、なんと、0円! (もっとも、古典の原書はけっこう0円が多いですが。)
 しかし、その後、『オーレリア』の最初のほうと、『シルヴィ』の断片をつまんだだけで只今<Kindle沼>(面白い表現ですねw)に沈み込んでいる状態です。でも、フランス語の独学は細々ながら続けていますので、(いろいろ覚える前にすっかり忘れてしまう状態ですが)そのうち、沼から引き上げてみようと思います。
 
 ネルヴァル、ゆっくり味わってください。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:476
- ISBN:9784102114032
- 発売日:1970年04月03日
- 価格:780円
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