物語の最初の舞台は、東北地方の小藩藤戸藩。主人公はその藤戸藩道具役をしている屋島剛。道具役というのは能役者のことをいう。この藤戸藩、殆どの領地が坂になっていて、耕地は狭く、川は流れているが、隣藩に流れつき、そこは潤沢な水があり、広く水田が広がり裕福な藩民の暮らしがある。しかし、藤戸藩は耕地がなくまずしい。
この剛の3つ年上で同じ道具役をしている岩船保がいる。保は剛の能を指導し、2人は信頼の絆で結ばれた親友同士である。
この保が陰謀にひっかかり、責任をとって自害する。そしてまだ剛と同い年の藩主が病気で急逝する。保が亡くなって衝撃の中にいた剛に、藩の目付鵜飼又四郎から、剛が藩主になるように命令される。
青山さんは、この小説2年かけて、江戸時代の能の世界を徹底調査し、それを能役者として剛に投影。当時の各藩の能への取り組み、能への剛のかかわりを徹底して書き込む。正直。能について全く知識がなかったので、読みこなすのが辛かった。何とその部分が380ページのうち半分以上費やしているのだから。
この能の探求が、結末とどう結びつけるのだろうかと思いながら、辛い本読みを続ける。
で、驚いた。江戸幕府では月1回、徳川将軍お目見えの日がある。その日は、江戸駐在の藩の重役や藩主が登城して将軍とお目見えをする。徳川将軍は当日、老中や若年寄など幕府の重鎮からすべて、お目見えお声かけを行う。だんだん近習から、下に落ちてゆく。そして、その後は各藩。藩は親藩、譜代から外様まで。その数300もあったそうだ。
将軍は疲れいやになる。外様までになると、5人がまとめて謁見。謁見場と将軍との間にはすだれが降りている。そして各藩主は、頭を床につけて、将軍を見上げることはできない。この儀式が、感動的なクライマックスにつながる。
作者春山は、最初このクライマックスが浮かび、それに能の在りようを結び付けたのだと思う。
プロの文芸評論家から、この作品が絶賛されているが、レベルの低い私には首をかしげてしまう。
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