『ピアニストは「ファンサ」の原点か スターとファンの誕生史』 かげはら史帆著を読む。
「ピアノの魔術師」フランツ・リスト。元祖イケメンピアニスト。はじめてピアノソロのリサイタルを開催した音楽家。自らファンサービスをする。熱狂するリストオタたちの推し活。
会場内が「ワ~!キャー!」という悲鳴、歓声、嬌声に包まれる。プレスリーやビートルズからBTSまでおなじみのシーン。アイドルの草分けといってもいいだろう。
オペラグラスで食い入るように見るご婦人方。音楽家を見るためだが、当時は、貴族、令嬢、美貌の流行作家などどんな人が見に来ているのか。そちら方面にも使われていたそうだ。
象徴的な風刺画を参照。
今ならリスト様とか描かれたド派手な団扇をふりかざして。リストのCDやDVDがあれば、競うように買われたことだろう。さらに、アクスタやTシャツなど物販があれば、飛ぶように売れただろう。メルカリなどではプレミアムの高値で売買されたかも。
リサイタルでは「超絶技巧」への自己陶酔の余りか、自ら失神することもあったそうだ。ありゃ、オックスの赤松愛のパイセンじゃん。
この本では、リストだけではなく、「19世紀のクラシック音楽界」はもとより「スポーツ、文芸、バレエ」などからファンの歴史を通して改めてファンとは何かを多角的に考察している。アカデミックだったり、ミーハーチックだったり、その柔軟さが読んでいて楽しい。
で、著者はリストマニアの女性たちをしつこく言及してきたのか。こう述べている。
「なぜ彼女たちをファンと呼びうるのか。それは19世紀において、リスト・ファンが芸術のメインストリームから疎外された存在だったからです」
これは音楽だけではない。政治、経済、結婚などあらゆる面で「女・子どもはすっこんでろ!」というマチズモの支配下にあったからだと思う。
ちなみに、リストの師匠がカール・ツェルニー。ツェルニー、ピアノを習った人ならばおなじみの教本。「バイエル→ツェルニー→ソナチネ→ソナタ」ツェルニーは、ベートーベンの弟子だったオーストリアの作曲家兼ピアニスト。意外。正統派と異端。柳家小さんと立川談志のようなものか。
ちなみに、ちなみに、36歳で「演奏活動引退」。あ、卒業ね。「ヴァイマールの宮廷楽長」として作曲や後進の指導にあたったそうだ。
参考レビュー
『実験の民主主義 -トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ-』宇野 重規著 若林 恵 聞き手
これは政治もイデオロギーじゃなくて推し活じゃないの、今日日。という内容。
『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』かげはら史帆著
『ニジンスキーは銀橋で踊らない』かげはら史帆著
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