まさにハードボイルド小説。
全5作を含む小説集の、冒頭の作品を読んですぐにそう思った。短いセンテンスの積み重ね。多くを語らぬ主人公の佇まい。執拗に追われる男。男の矜持と、生きてきた人生の重みが自らの領分を侵してきた者に立ちふさがる。
ちょっと鼻につくぐらいハードボイルドだ。ハードボイルド小説の見本の一部を切り出して見せたような作品。そんな感想を抱いた。
続く作品たちも、猟銃や戦争などが扱われ、この作家は好戦的な人なのだろうか、とちょっと警戒して読み進めた。作者のことが知りたくて、最後に置かれた表題作『セント・メリーのリボン』を読みつつ検索してみた。
医師から余命半年と宣告され、それまで就いていた仕事を辞め、小説に専念したという作者。そんな想いで書き続けたと知れば、読む側の作品への対峙の仕方もおのずと変わって来る。
「余命いくばくもない」と知らされたらあなたは一体何をするだろう。やりたいこともあるだろう。やらなければいけないこともあるはずだ。しかし、残り時間を突きつけられながら、実際にそれらの行動に踏み出すことができるだろうか。
自分の年齢もある程度になってくると、当然と言えば当然なのだが、少しずつ周りの人間でも鬼籍に入る者が珍しくなくなってくる。親世代、親戚、会社の先輩、友人や仲間。治らぬ病と本人は知らされず、入院したまま数ヶ月で亡くなった友人。末期がんと知らされ、最期まで身の回りの整理をしてから逝った趣味の仲間。人生の幕引きをイメージすることは、自分にとって大切なことを確かめるには有効だろうが、はたして実際その場面でどこまで実行できるものか。
きっとすべてが違って見えるのだろう。どんな見え方になるかは、人それぞれ違ってくるだろうが、明日の命を盲目的に信じながら漫然と生きてきた日々とは、同じように景色は見えないはず。優しくなれるのか。悔しさに憤るのか。ただただ嘆くのか。
病と闘おうとする気持ち。こうありたかった自分の表現。命に対する畏敬の念。肩肘張って抗おうとしていた死という結末を、次第に飼い慣らすことができてきた落ち着き。そこに訪れる強さと優しさ。書かれた年代順なのかどうかは、はっきりとはしないが、並べられた作品を見ていると、迫り来る死と向き合いながら変化していく心の軌跡を見ているかのようだ。
ことに表題作。ハードボイルド小説であれば登場してもおかしくない、暴力シーンへ安易に踏み込むことなく、けれども弱さも見せないギリギリの表現に成功している。そして一度挫折を味わいながら乗り越えた老人の第二の人生や、おのれの役目を全うして死を迎えることができた犬といった存在が、やはり作者の死に対する向き合い方を表わしているようで胸に迫る。
【読了日2026年4月26日】
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