料理エッセイではないです。けっして『おいしい』物語ではないです。
韓国の戦後のそれぞれの年代を舞台にした短編が5話。
1話「ふろしきに包んだサツマイモ」1950年代 朝鮮戦争で南へと逃げるヨンジンとお母さん。途中打ち捨てられた畑にたくさんのサツマイモを見つけ、ふろしきに包んで道を急ぐ・・
2話「ジュンコおばさんと国連湯」1960年代 おじいさんおばあさんが亡くなり、両親は行方不明。13歳のソナミを育てようとジュンコおばさんは奮闘するのだったが・・
3話「もちラーメン」1970年代 戦火を逃れてきた多くの人々が暮らすソウルの清渓川沿いバラック村。平和市場の縫製工場で働くソンジャの一家も貧しいながら頑張っていた・・
4話「ミンジュんとこのトッポッキ」1980年代 光州事件が噂でしかなく、大学街から催涙ガスの刺激臭が漂ってくる日々、ソンヒは学校が終わったら公園のミンジュンとこのトッポッキ屋台へ直行する。お母さんが午後は家に鍵をかけたまま外出しているからだ・・
5話「チキン半々大根多めで」1990年代 高校3年の同級生のチヌとヒョンシク。二人の男の子とチキン屋の物語・・
最初思ったのは「Young Adult」文学として、こんなふうに様々な人間の本性を語ってもいいのかな、だった。
この本にはいろいろな人々が出てくる。結局自己中心な人たち、危険な人たち、喧嘩する人たち、見栄を張る人たち。でもあの年頃は世の中のそういうことを勉強し始めなければいけない時でもあるんだね。
それぞれの時代も1話の朝鮮戦争の逃避行から、歴史が進んで行き豊かになるはずなのに、4話5話と主人公たちは幸せではない。オリンピック、おしゃれなファッション、ロンドンで絵の勉強と舞台は華やかになるのだけれど。
4話がキムソヨンさん自身の物語。ソンヒは著者自身なのだろう。あの頃大好きだったトンホおじちゃんは「大きいおじさんの還暦のお祝いに15年ぶりに帰ってきたのだったが、そのとき、トンホおじちゃんの顔には、もはやあの素敵な微笑はなかった」・・この本で一番悲しい部分だ。・・そうなのだけど、かってのトンホおじさんの笑顔が著者にこの本を書かせたとも言えなくはない。
そう、世相は厳しく、悲しい人たちが大勢なのだけど、この本には爽やかな人たちもたくさん出てくる。1話のヨンジン、ヨンジンを「お兄ちゃん」と呼ぶ女の子。2話のジュンコおばさん、チョングにいさん、開城宅おばさん。3話のソンジャ。4話のソンヒ。5話のチヌ、ヒョンシク。
彼らのまっすぐな視線と清々しい心を著者は書きたかったのだろう。苦難続きだった韓国の歴史の中で著者が民族の誇りと思っているのは、こういう市井の人々の心の有り様だったのだろう。
多くの文学が避けて通る人間の本性に正面から向き合って、悲しみながらも希望を失わない著者のスタンス。ヤングアダルトだけでなく現代文学の秀作としてお勧めしたい。
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