池井戸潤氏の真骨頂とも言える本作は、大商船会社の御親戚として生まれた「階堂彬(あきら)」と、町工場の倒産により苦難の道を歩んだ「山崎瑛(アキラ)」という、対極の運命を背負った二人の男の成長と闘いを描いた大巨編です。
交わるはずのなかった二人が、東大(法学部と経済学部)、そして同じ銀行(産業中央銀行)という舞台で宿命的に交差していくプロセスは、冒頭から読者の心を強く惹きつけます。
1. 理性と情熱が火花を散らす、対比の妙
本作で最もシビれる(感動する)シーンは、二人の天才が織りなす「バンカーとしての矜持」のぶつかり合いです。それが鮮烈に描かれるのが、新人研修でのエピソード。
彬のチームが仕掛けた「粉飾会計を見破れるか」という高度な融資シミュレーションに対し、瑛は見事にその不正を看破します。この場面は、単なる頭脳戦に留まらず、二人の卓越した才能と、互いを好敵手(ライバル)として認め合う決定的な瞬間として、物語前半の大きな見どころとなっています。
2. 「不条理」に立ち向かうバンカーの覚悟
池井戸作品の魅力は、綺麗事だけでは進まないビジネスの泥臭さと、その中で光る人間味にあります。融資先の印刷会社が経営不振に陥り、銀行から非情な融資回収を迫られた瑛が取った行動は、読者の胸を激しく揺さぶります。社長夫妻が病気の娘のために集めた大切な寄付金を差し押さえから守るため、瑛はバンカーとしての知略を尽くし、合法的に資金を「避難」(=別口座へ移転)させる機転を利かせるのです。冷徹なルールを超えて「人の命と生活」を守ろうとする瑛の熱き正義感に、誰もが胸を熱くするはずです。
3. 親族の謀略と、宿命の交差が生む奇跡の再建劇
物語の後半、階堂グループの経営危機によって事態は急転します。一度は実家と距離を置き、銀行に残った彬でしたが、狡猾な叔父たちの放漫経営と策略によって、会社は多額の負債を背負い込み、倒産の危機に瀕してしまいます。家族と会社を救うため、彬はついに銀行を辞め、自ら社長の座に就いて泥船に乗り込む決断を下します。
そんな彼を支えるために立ち上がったのが、かつてのライバルであり戦友の瑛でした。瑛が緻密に組み立てた「再建プラン」は、これまでの二人の歩みがすべて伏線となっていたかのような胸を熱くさせる展開を生み出します。親族の裏切りにより崖っぷちに立たされた彬と、数々の試練を背負って生きてきた瑛。二人の才能が100%噛み合った瞬間、不可能と思われた巨大企業の再建劇が動き出します。
総評:すべてのはたらく人に捧ぐ、究極の人間ドラマ
冷徹なビジネスの世界を舞台にしながら、本作の根底にあるのは「人はなぜ働くのか」「誰のために生きるのか」という、泥臭いまでの人間愛です。単なるサクセスストーリーではありません。
運命の悪戯に翻弄され、幾度も絶望の淵に立たされながらも、己の信念を貫き通した二人の「アキラ」。ひたむきに生きる彼らの姿は、日々葛藤しながら戦い続けるすべてのはたらく人の心に深く突き刺さります。
余談ですが、エピローグで、山崎瑛が妻の亜衣と夜逃げした実家の跡地を訪れた際、自身が歩んできた20年間のバンカーとしての取り組みが間違っていなかったと語るシーンがあります。
「あなたは自分のキャリアを振り返った時、そんなことが実感できるような働き方、生き方をしていますか?」と著者が私たちに問いかけているような気がしています。
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