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お笑い芸人が自死し、歌姫が引退。瀬尾政夫は、二人を追い詰めたネット上の苛烈な誹謗中傷の書き込み実行者86名を突き止め、彼らの個人情報を世にさらします。瀬尾の罪に対する裁きは?彼の動機は? 

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
踊りつかれて
瀬尾政夫は、1980年代半ばに歌謡界で一世を風靡した歌姫・美月(1965年生まれ)のプロデュースを担当していました。
美月が小5のとき、高校生だったといいますから、1960年前後の生まれでしょうか。
ちょうど二人の間の年代となる私には、あれこれ「身につまされる」話のオンパレードで、なんだか
「我が人生を共に振り返る」
みたいな気分で、話の展開にのめりこんでしまいました。

ストーリーを動かしていくのは、瀬尾の弁護を担当した、若き女性弁護士・久代奏(かなで)。
瀬尾が傾倒し、支援していたお笑い芸人・天童ショージの中学時代の同級生でもあります。
彼女自身、天童と互いに認め合い、共鳴していたという間柄で、天童の自死に大きな衝撃を受け、なかなか立ち直れずにいるのでした。

個人情報を世にさらしたという罪を認め、奏に対しても常にクールに振る舞う瀬尾。
罪を軽くしてほしいといった焦りとは無縁に見える依頼人を前にしてもなお、奏は、瀬尾の「義憤」と知性に共感し、その思いを正当に世に問おうと奮闘します。

瀬尾と奏。
二人は、音楽、それもピアノへの思い入れが強いという共通点も持っていました。

裕福な創業一家の次男として生まれ、後継ぎとなる長男との扱いの差に鬱屈していた瀬尾は、子供時代から母に手ほどきを受けたピアノ演奏にのめりこみます。
順調にコンクールで実績を上げていった彼ですが、小5のときに同世代の「天才」の演奏を目の当たりにして自らの限界を思い知ります。
一時は荒れた彼でしたが、紆余曲折の末、音大を卒業し、音楽業界へと入ったのでした。

奏のほうは、東大、東大のロースクールと進み、常に成績上位をキープして、司法試験を通り、弁護士に。順調そのものでしたが、頭脳明晰者の集団からなる弁護士事務所に就職後、自らの限界を実感することに。
彼女が東大在学中、孤独をなぐさめる存在だったのが、電子ピアノでした。
ヘンデルの『パッサカリア』、アンドレ・ギャニオンの『セピア色の写真』が暗譜で弾ける腕前の奏は、鍵盤に触れることで、心の均衡を保っていたのです。

いやあ、ピアノもテーマの一つだったの?……と思ったほどでした。
天才は記録や規則を超越し、当たり前のように人の心に住み着いてしまう。

才能ある人々は大勢いれど、一流と超一流を分ける「最後の紙一重」はいかんともしがたい、という指摘にも大共感。

ストーリー後半は、瀬尾が、音楽界で「最後の紙一重」を超えた美月に入れ込んだのは当然として(そのサポートぶりにも胸を打たれますが)、なぜお笑いの天童を発見しえたのか?……という謎解き=奏の調査、を描きます。

いろいろな意味で、共感を覚える小説でした。例えば、こんな時代解説にも。
経済大国というメッキが剥がれた「失われた時代」に、人々が求めたのは過激に「本音」が言える人だった。時の首相然り、芸能界の御意見番然り。それはネット以前の社会にまだ「建前」が残っていたことの裏返しでもある。

何もかもが過剰で、膨張する資本主義の熱気で息苦しいほどだった80年代。

ただ、ちょっと冗長な感もあったのと、美月の辛い時代の描写を読むのがつらすぎたのとで減点1。
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  • 掲載日:2026/04/28
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