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「菩提樹」の謎に迫りつつ、シューベルトの歌曲集『冬の旅』の真意を解き明かす。

  • 死せる菩提樹 シューベルトの《冬の旅》と幻想
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  • 出版社:春秋社
死せる菩提樹 シューベルトの《冬の旅》と幻想
歌曲「菩提樹」を初めて聴いたのは、確か中学の音楽の時間、バリトン歌手フィッシャー=ディースカウのアルバムでした。先生が詩の内容について話されたものの、もとよりドイツ語がわかるわけもないなかで、<フィッシャー=ディースカウ>という名前だけが、なぜか記憶にしっかり留められました。そして、例によって最近になってYouTubeで検索、何十年かを経てまたあのバリトンに接することができたというわけです。

本書は、元桐朋学園大学学長でジャーナリスト・音楽評論家の梅津時比古氏による、シューベルトの歌曲「菩提樹」を中心に歌曲集『冬の旅』の真意に迫った評論で、2007年に刊行された『冬の旅 24の象徴の森へ』のなかでも特に「菩提樹」に焦点を絞った形で書かれたものです。とは言うものの、僕は『冬の旅 ⎯⎯ 』は読んでいないのだけれど、それでも、本書だけでも『冬の旅』が実はどういう歌曲なのか、その趣旨は十分に語られているとおもいます。


歌曲集『冬の旅』と本書の概要
歌曲集『冬の旅』は、詩人ヴィルヘルム・ミュラーによる連作詩にシューベルトが曲をつけたものです。最初、ミュラーは1823年に12編の連作詩を発表、翌年さらに12編を追加して、計24編で「遍歴ホルン吹きの遺稿詩集」として出版しました。シューベルトは当初、初めの12編に作曲しこれを発表しましたが、のちに追加の12編のことを知ってこちらも作曲、第2部として発表されるのはシューベルトの没後になりました(以上、Wikipediaによる)。

ヴィルヘルム・ミュラーによる24編の詩「遍歴ホルン吹きの遺稿詩集」は、失恋の痛手を受けた若者が死を求めて彷徨うそのさまを描いている、という解釈で、ほぼ一般には周知されています。しかし、本書の著者梅津時比古氏は、本書に遡る前著『冬の旅 24の象徴の森へ』で、「本質的には社会からの疎外の要素が強い」ということを主題として掲げられました。本書ではその主題を、特に24曲のうちでも最も親しまれている「菩提樹」の謎を解き明かすことでより深掘りし、歌曲集『冬の旅』の本質に迫ってゆこうとされています。謎は全部で10項目に渡って提示され、それを順に解き明かしてゆく流れがあたかもちょっとした推理小説でも読んでいるかのようで、歌曲「菩提樹」とは、そして『冬の旅』とはそんな曲だったのかと、新たな発見に驚愕させられる、本書はそういう内容なのです。10項目の謎とは以下の通りです。

謎の1 死の匂い
謎の2 門の前
謎の3 負の福音書
謎の4 菩提樹の声
謎の5 幻想の川
謎の6 他者の影
謎の7 彷徨の十字架
謎の8 緑のかなたへ
謎の9 宇宙樹の下へ
謎の10 凍死した神

どうでしょう、10の謎を見ただけでもう、ワクワクしてきませんか?


梅津時比古氏の手になる鮮烈なイメージ
『冬の旅』の詩が全体として<死>をイメージしていることは、根本的なテーマとして変わることはありません。しかし、梅津氏の解釈による『冬の旅』では、その<死>がより鮮明に、おぞましいものとして捉えられています。シューベルトの曲の解説の前にまず、ミュラーの詩を読み解きながら、梅津氏は以下のように語るのです。

《冬の旅》のテクストのヴィルヘルム・ミュラーの詩は、表面に複雑なところはあまりなく、易しい表現を取っている。しかし、その言葉の下をのぞき込むと、表の姿とは異なる世界が展開されていることに気づかされる。菩提樹にしても、青年を憩わせて庇護しようとしているように見えるが、極寒の真夜中、樹の下でやすらいで寝入ってしまえば、死に直結する。
『死せる菩提樹』 春秋社/謎の1 死の匂い より


さらに、のちに「ローレライ」の作曲者フリードリヒ・ジルヒャーがこれを穏やかな民謡調に編曲したことで、子どもたちの合唱曲として取り上げられるようになった、そのことを受けて次のように続けます。

少年少女が歌っている姿は可愛らしいが、聴いていて、ふと、鳥肌の立つ感覚に襲われるときがある。
目に見えないところで死と隣り合わせになっている曲を、子供たちが無邪気に美しい声で唱和している。その落差に、一瞬先には、少年少女がすべて硬直した死体となっていて、それでも清らかな声で《菩提樹》を歌っているような、不気味な幻想がよぎる。切り捨てられてしまった曲の短調部が背後から襲いかかってきて、不快な感覚を生むのかもしれない。
『死せる菩提樹』 春秋社/謎の1 死の匂い より


僕も学校の授業や合唱部などで歌った覚えがあるけれど、まさかそんな歌だったとは ⎯⎯ と、改めて慄かされるおもいでした。

また、梅津氏は『冬の旅』の主人公である青年を、世間から疎外された者 ⎯⎯ はずれ者、社会から差別された側として捉え、第2曲の「風見の旗」では旗の音を単なる恋人の嘲笑というだけでなく、<風見鶏>との連関から、風見鶏から追い立てられる者 ⎯⎯ キリスト教への反発 ⎯⎯ とし、そこにいらだたしく激しい曲をつけたことで、シューベルトが(キリスト教信者の富裕層への)反発をより鮮明なものにした、と述べておられるのです(風見鶏は、キリストを裏切ったペテロに対し、キリストが、あなたは雄鶏が鳴く前に三度、私のことを知らないと言うだろう、と言ったことを受けて、キリスト教では赦しの象徴とされているとのこと)。加えて梅津氏は、作曲家としてのニーチェが歌曲を書く際、主にシューベルトの曲を参考にしていたらしいことをあげて、『冬の旅』がニーチェの「神は死んだ」に通底すると考えていらっしゃいます。

こうした、全く新しい解釈に瞠目させられるなかでも一番僕が心震えたのは、菩提樹を宇宙樹(世界樹)と見做した一節と、その菩提樹のなかを、宙空高く吸い上げられてゆく水のイメージでした。順序が逆になりますが、それぞれの部分を以下に引用します。

宇宙樹を中心としたこの世界の概略図は、私たちの《冬の旅》における出発点の図に極めて似ていないであろうか。天も地も分からない暗闇の中に、一本の菩提樹が立っている。その傍らに泉がある。それが私たちの出発点であった。明らかに、世界の原像と似像(Urbild-Bild)としての関係に、宇宙樹と菩提樹を置くことができよう。
『死せる菩提樹』 春秋社/謎の9 宇宙樹の下へ より


水は常に下へ向かっている。
その重力の法則に逆らって、木は幹の中で水を引き上げ、枝を空へ伸ばしてゆく。
<町の門の前>の菩提樹は間違いなく大木であろう。大木になれば、木の中の水は相当高くまで上がっている。もし水だけを浮かび上がらせて見せる装置があれば、枝の先々まで至るところに透きとおった水の線が走っていて、あたかも空を支えるように広がって見えるはずだ。その線は、木が生命を維持するために水をそこまで引き上げねばならない、生きることの苦しさの証しでもある。
『死せる菩提樹』 春秋社/謎の5 幻想の川 より


「もし水だけを浮かび上がらせて見せる装置があれば、枝の先々まで至るところに透きとおった水の線が走っていて、あたかも空を支えるように広がって見えるはず」 ⎯⎯ 言われてみればその通りなのだけれど、こんなにも美しく、かつ哀しい見方で樹木を見たことは、僕には一度もありませんでした。かくして『冬の旅』は、単なる失恋した若者の歌ではなく、もっと壮大な哲学に生まれ変わったのです。


原語と曲想
先に引用した、「《冬の旅》のテクストのヴィルヘルム・ミュラーの詩は、表面に複雑なところはあまりなく、易しい表現を取っている。しかし、その言葉の下をのぞき込むと、表の姿とは異なる世界が展開されていることに気づかされる。」と梅津氏がおっしゃる意味は、ドイツ語という原語とシューペルトが詩につけた曲を丹念に研究することで、より鮮明になってゆきます。

まず、原語についてですが、例えば第15曲のタイトルは「カラス」ですが、ドイツ語では、カラスは次の2つの言葉で表されると言います。

●Die Krähe ゴミを荒らす汚らしくおぞましいカラス
●Der Rabe 紺色のつややかな羽毛を持つ大型のカラス(渡りカラス)
 *解釈は本書による

Der Rabeのほうはゲルマン神話で死者を迎えに行く神の肩に乗っているカラスのことだそうで、『冬の旅』のカラスは前者のほうだそうです。それによって、『冬の旅』で死へと導かれる青年が社会の底辺の彷徨者であることを一層明確に表そうとしている、梅津氏はそうおっしゃいます。こうしたことは、やはり原語でないと知ることができません。

次に曲想についてですが、「菩提樹」の2番の歌詞に次の一節があります(訳は明治の訳詞家、近藤朔風)。

枝はそよぎて 語るごとし

この<枝はそよ>ぐ音をシューベルトは葉ずれの音と解し、梅津氏は、

冒頭一小節目のピアノの三連音符は、明らかに、風に寄り添う葉の揺れを表している。
『死せる菩提樹』 春秋社/謎の8 緑のかなたへ より


と解説されています。続けてこの前奏八小節に14行を費やして分析し、以下のように締め括っておられます。

同じ和音で、瞬時に、ここまで相反する表現を描く構造は、ほかに例が思いつかないほど傑出している。しかも八小節目のpppは、遠い過去の意識の底へ通じる、もうひとつの世界へ入ってゆく音にも聞こえる。
『死せる菩提樹』 春秋社/謎の8 緑のかなたへ より


かくのごとき、ミュラーの原詩とシューベルトの曲想の解釈によって、『冬の旅』は全く新たな意味を持つ、壮麗な物語に転換されたのでした。


最後に
僕自身、『冬の旅』は第1曲の「おやすみ」と第5曲の「菩提樹」以外ほとんど知らないけれど、本書では200ページ余りのうち最後の60ページほども費やして「菩提樹」及び『冬の旅』の録音盤や歌手を紹介しています。また初めにも書いたように、YouTubeでもフィッシャー=ディースカウを始め、様々な歌手による演奏を聴くことができ、「菩提樹」だけなら日本の鮫島有美子さんなど訳詞の歌唱もあり、聴き比べることもできます。『冬の旅』は全24曲通しても1時間10分ほどなので、本書を手引きに、一度ちゃんと聴いてみようかと考えているところです。(関係ないけれど、僕はモーツァルトよりシューベルトの哀感のほうが好きだったりします。)
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  • 掲載日:2026/04/28
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