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紅い芥子粒
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一人の人間としておれを見てくれ、ほんとうのことをいってくれーー おおぜいの家臣や近習に囲まれながら、忠直は恐ろしいほど孤独だった。
松平忠直は、家康の孫で越前国北の庄藩主である。
父・秀康の死により、13歳で跡目を継いだ。

将軍秀忠のお気に入りで、家康公の覚えもめでたい松平忠直。
彼は、幼少のころからなんでもよくできた。
剣術、槍術はいうにおよばす、囲碁も将棋も、家中で彼に勝てるものはいなかった。

気に障ることがあると、逆上する性格で、家来たちはみな、腫物にさわるように彼に接していた。なにしろ、13歳で藩主となったのだ。彼のわがままを叱る者もおらず、うぬぼれと自尊心のかたまりのような主君ができあがってしまっていた。

若き忠直は、家中の侍を集めて、槍術の大仕合をたびたび催した。槍術に優れた者ばかりを集めたが、その中でも自分が一番強いのだから、おもしろくてしょうがない。試合の後は、酒宴を開き、勝利の美酒に酔った。

その夜も、槍術仕合のあとの酒宴だった。
酔い覚ましに下りた暗い庭園で、忠直は、家来の立ち話を聞いてしまう。
「このごろの殿の腕前はどうか」「以前よりはうまくなられた」「そうだな。勝ちをお譲りするのに、それほど苦労しなくてもすむようになった」こんな内容の会話だった。
忠直は、愕然とした。自分が家中の誰よりも強いと思っていたのは、家来どもにだまされていたのだ。あいつらは、おれの権力をおそれて、おれに花を持たせていたにすぎないのだ。

忠直は、自分のほんとうの力を知りたくなった。
闇の中で話していたふたりをよびよせ、真槍で勝負を挑んだ。
真槍なら相手も手加減せずに向かってくるだろう。
自分がケガをするかもしれないが、それでもいい、実力を知りたかった。

ところが、忠直の思惑は外れた。
相手は、ほとんど無抵抗でわざと忠直の槍に刺されてしまう。
ふたりともそうだった。
そして、自分の邸に帰ったあと、ふたりとも腹をかっさばいて死んでしまった。
殿の陰口なんてとんだ不忠だ。ばれてしまったのだから、潔く死ぬしか道はないということか。

忠直は、近習との友情も、妻妾との愛情も、すべていつわりで、やつらは権力をおそれて服従していただけなのだと気づいた。
一人の人間としてのおれを見てくれ、ほんとうのことをいってくれ…… おおぜいの家臣や近習に囲まれながら、忠直は恐ろしいほどに孤独だった。

このときから、忠直は狂った。乱行が始まった。
多くの家臣を切腹に追いやり、その悪行は領民にも及んだ。
やがて、忠直の暴君ぶりは、将軍家の知るところとなる……

作者は、その後の忠直にも、短く触れている。
三十歳を少しすぎたばかりで、忠直は越前国主の座から追放された。
遠く豊後の国に配流となり、幕府より一万石を給され、隠棲した。
権力を失い、ただのひとになった忠直は、周囲の人と親しく交わって、56歳で没するまで穏やかに生きたという。

それにしても、武士道というか封建社会の道徳はおかしい、狂っている。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. noel2021-05-27 14:09

    >武士道というか封建社会の道徳はおかしい、狂っている。

    武士というのは、一種の村民の集まりで、ムラ社会でしか通用しない論理で生き死にしている連中のこと。一歩、外へ出てみれば、そこには百姓もいれば町民もおり、はては漁村民から海民(網野義彦さんの造語)までいるのだから、その世界はほんの一握りのものでしかない。知力ならぬ武力をバックにしてのみ民を睥睨し、その上に君臨するという幻想の世界の住民なのだからして……。

  2. 紅い芥子粒2021-05-27 18:05

    そうそう、武士はほんの一握りの人たちなんですよね。それにしても、武家社会の倫理道徳は異常だわ~ 

  3. No Image

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