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darklyさん
darkly
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解釈によって様々な読み方ができる小説だが、愚かで矛盾に満ちた人間という存在への愛おしさが込められていることは間違いないだろう。
台湾人のアリスは学者で作家、夫と息子を山の遭難で亡くし生きる希望を失っている。南の島、ワヨワヨ島のアトレは次男であるため、相思相愛の恋人が居ながら島の掟により一人で舟を漕ぎ大海に出なければならない。すなわち待ち受けるものは死である。食料も水も尽き死が間近に迫る中、奇妙な島にアトレは辿り着く。それは人類が海洋に廃棄したゴミが海流によって集まり巨大化したゴミの島であった。

そのゴミの島が台湾に押し寄せ、台湾の人々の生活が破壊される中、アリスはアトレと出会う。物語は台湾の先住民族であるダフやハファイ、西洋人でエンジニアであるデトレフや海洋学者のサラの人生を描きながら、環境破壊、自然災害、神とは、人間とは、等についての壮大なテーマを盛り込んでいる。

主人公であるアリスはもう一人の主人公アトレと災害時に救出した猫の「オハヨ」と暮らしていく中で次第に生きる気力を回復していき、もう書く気がなかった小説を完成させた。その小説の題名は「複眼人」である。

この物語は表題でもある「複眼人」とは何かというテーマを避けて通れません。「複眼人」はアリスが書いた小説の表題であり、かつ作者が書いた小説の表題でもあるという二重構造となっていますが、その意義は異なっています。

アリスにとっての小説「複眼人」は夫と息子を亡くした耐え難い境遇から自らを救うために夫と息子の最期について、また息子が生きているとはどういうことかについて、の物語です。

一方作者にとっての本小説「複眼人」における複眼人とは私は人類が経験した、あるいは人類が引き起こしたあらゆるものをその複眼で見ることのできる存在だろうと思います。神のようですが私はそうは思いません。なぜなら複眼人は
「傍観するだけで介入できない、それが私が存在する唯一の理由である」己の目を指して複眼の男は言った。
とあるからです。

複眼人のように世界における自然災害、人類が引き起こす厄災、不条理や矛盾すべてを同時に見ることができれば人類が選択すべき最適解は分かるはずです。しかし複眼人は傍観するだけで介入できないのです。つまり人類は自ら選択をしなければならないのです。作者が見通すディストピアのような未来に我々はどのような選択をするべきなのか。

ただ、その一方で人間はささやかな希望でも生きていけるのです。夫と息子を失い自殺を考えていたアリスが猫のために生きようとします。そして人間はその先にたとえ死が待ち受けていようとも自分の信念を貫く強さも持っているのです。アトレは眠るときに恋人の声が聞こえると言い、一艘の船で大海原へ繰り出そうとするのです。

作者は自分が複眼人ではない自覚があるからこそ、特定の主義・信条を元にこの小説を書いていないのだと感じます。それが原因で一体何が言いたい小説か分からないという印象を持つ人もいるかもしれません。しかし、ところどころに、愚かで矛盾に満ちた人間と言う存在への愛のようなものが染み出し、決して明るい話ではないにも関わらず、なぜか優しい気持ちになるのです。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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この書評へのコメント

  1. noel2021-06-24 20:52

    >複眼人は傍観するだけで介入できないのです。つまり人類は自ら選択をしなければならないのです。

    あああ、いまニートとか言われ、巣ごもりとかいうカタチで親の世話になって生きているひとたちは、その「世界」からどのようにして這い出し、守護神たるべき親なくしての「爾後の世界」をどう生きていこうとするのでしょう。わたしの近所にも、そうした親子は無数にいます。親あっての生活。その生活は、自ら動き出すことによってしか脱却できないのです。個体発生から系統発生へ、人類は再びその生を人類のものに昇華していかなければならないのです。

  2. darkly2021-06-24 19:22

    noelさん、いつもありがとうございます。ああ、そのような着眼点といいますか、発想は私にはできませんでした。ありがとうございます。

  3. No Image

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