三太郎さん
レビュアー:
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名探偵ホームズの推理の方法を心理学で解析する。これを読めば貴方も名探偵になれる!? ホームズへの愛があふれている本。
著者はハーバード大学を出て心理学で博士号を取得したジャーナリストだという。本書はシャーロック・ホームズ流の思考法を心理学から読み解こうというもの。
解明するのは、ホームズ独特の観察と推理の方法、ワトスンに初めて会った時にたちまちアフガン帰りの元軍医だと見破ってしまうあの方法だ。
コナン・ドイルのホームズ物では特異な観察力をもつ主人公のホームズに対して普通の人であるワトスンを対比しているが、この本ではホームズの思考法の特徴をマインドフル(注意力が高い)な状態、一方のワトスンのそれはマインドレス(注意力が散漫)な状態と表している。あるいはホームズの思考法を「ホームズ・システム」、ワトスンのそれを「ワトスン・システム」とも呼んでいる。ワトスン・システムというのは見てはいるのに注意力が散漫で大事なことを観察しそこなうシステムで、つまりは僕ら凡人が日頃行っている観察方法のことだ。
著者によれば日頃の訓練によりワトスン・システムを脱却してホームズ・システムを手に入れることができるというが・・・例えばホームズは初めて会った人の職業や暮らし向きを一目見ただけで推理できるが、そのような観察眼はどうやったら手に入るのか?
ワトスン流のやり方からまず見てみると、彼は相手の第一印象(好悪の感情)に引っ張られやすい。最初の印象はその後の観察によっても変わりにくい。そのため判断に一種の認知バイアスがかかってしまう。見てはいるが観察ができていないのは、目的を定めて観察していないからだ。そして十分観察する前に憶測(推理)をしてしまう。そうすると自分の憶測に会う事実しか見えなくなる。
だから観察には第一印象による認知バイアス(固定観念、偏見)の影響があることに注意し、十分に観察し終える前に何かを推理してはいけないということになる。人が認知バイアスをもつのは仕方ないことだけれど、自分には認知バイアスがあると意識することで、認知バイアスに影響されない公平な判断が可能になるという。この辺りは人種問題(人種的偏見)が避けて通れないアメリカならではの研究成果かも。
正しい観察には積極的関与が、つまり強い興味が必要だ。「株式仲買店の店員」事件でホームズは決定的な間違いをする。そのため容疑者が自殺しそうになる。この時のホームズはもう事件の全容は解ったと思っていて、事件に対する興味が薄れていたのだ。それで最後の場面で、容疑者が新聞を見つめて青ざめていたという重要なサインを見落としてしまった。
また認知のプロセスには能動的認知と受動的認知がある。能動的認知とはワトスンのやり方で、一度に複数のことを考える認知である。能動的認知では人は無意識に判断し第一印象を後から修正することはまれである。一方の受動的認知はホームズのやり方で一つのことに集中する。同時に二つのことを考えない。
想像力(創造力)も大事だ。鋲の入った箱とマッチと蝋燭があって蝋燭を壁に取り付けるという課題があったとする(心理学の有名な実験だとか)。鋲で蝋燭を壁に固定するとか、解けた蝋で蝋燭を壁に固定するとかしても上手くいかない。正解は、鋲を箱から出して、まず箱を壁に鋲で固定し、箱の上面に溶かした蝋で蝋燭を固定する。大抵の人が正解できないのは、鋲と箱を別々に考えられないからだ。これは「機能的固着」と呼ばれる。箱は鋲の入れ物でその他の機能はないと思ってしまうからだ。人は細部より全体を見てしまいがちだ。鋲の入った箱を見て、「鋲」と「箱」に分けて考えるには想像力が必要だ。そのためには対象から距離をとることが必要だ。
人は不確実な状況(大抵の場合に状況は不確実だ)の下では、創造的(発明的、独創的)なプランよりも実用的(機能的)なプランを採用しがちだ。これはホームズの物語に登場するスコットランド・ヤードのやり方でもある。それは独創性への恐怖心があるためだ。
アインシュタインもエジソンもシャーロック・ホームズも独創的なプランを選んで失敗しているが、彼らが他の人たちと異なるのは、失敗への恐怖心を持っていないことだ。あるいは失敗への恐怖心を自ら抑え込めたからだ。
想像力を働かせるには対象から距離をおくことが必要だが、ホームズはそのためにパイプで煙草を吸ったり、バイオリンを弾いたり、オペラを観に行ったりする。その目的は事件から適切に気を逸らすこととリラックスすることだ。散歩はこの目的にぴったりだ。気を逸らしてる間も脳は一見無関係と思われる離れた事柄の間の関連性を探し続けているのだ。
ここまではいかに観察するかがテーマだったが、後半のテーマはいかに推理するかだ。推理には事実とそうでないことを区別する必要があるが、人の脳はストーリー(物語)を作りがちで、あまり確実でない物語を信じやすい。かなり確からしい①「彼は会計士だ」という情報と不確かな②「彼はジャズの演奏家だ」という情報とがあったとして、両者を組み合わせた③「彼はジャズを演奏する会計士だ」という情報が示されると、人は③の情報が最も確からしいと判断する。確率的には③が最も不確かなはずなのに・・・これは人の脳が物語を好むからだ。だから情報をばらばらにして物語を排除してから、各々の確からしさを判断しなければいけない。そして確からしい情報だけを使って推理を組み立てる。
この時、ありそうもないことを排除してはいけない。あり得ないこととありそうもないことは同じではない。あり得ないことを除いていって残った解は、どんなにありそうでなくてもそれが正解のはずだ。
また自信過剰の罠もある。企業買収を成功させたCEOはそれ以前より取引に楽観的になる。高学歴で定年間近のサラリーマンほど退職金の運用でハイリスクをとる。成功体験が自信過剰につながるのだ。ホームズは「黄色い顔」事件でとんだ勘違いをする。自信過剰になり易い局面が四つある。第一は難しい問題に直面した場合、第二は慣れ、第三は情報量の増加、第四は積極的な行動だ。問題が難しく、経験が豊富で、情報が多く,積極的に行動するほど自信過剰の罠にはまり易い。対策は・・・ホームズの場合は自分の過去の失敗を思い出すことだった。
最終章では原作者のコナン・ドイルが起こした妖精写真事件について述べている。二人の少女が撮影した乾板写真に妖精の姿が写っていたのだが、ドイルは乾板の加工の有無を調査した上で妖精は実在すると公表した。少女たちが妖精の絵の切り抜きを撮っていたとは考えなかった。たとえホームズの推理方法を知っていても、人は自分が信じたいものには容易に騙されてしまう。当時のドイルは心霊主義に傾倒していたのだ。
ドイルの二の舞にならないためには常にマインドフル(注意力が高い)な状態を保たねばならないということらしい。貴方の内なるワトスンが「僕はこう考えるのだがね」と言い始めたらそんな時にはいつもホームズが「考えることくらいなら、誰にでもできるよ。」と口を挟んだことを思い出すとよい。
解明するのは、ホームズ独特の観察と推理の方法、ワトスンに初めて会った時にたちまちアフガン帰りの元軍医だと見破ってしまうあの方法だ。
コナン・ドイルのホームズ物では特異な観察力をもつ主人公のホームズに対して普通の人であるワトスンを対比しているが、この本ではホームズの思考法の特徴をマインドフル(注意力が高い)な状態、一方のワトスンのそれはマインドレス(注意力が散漫)な状態と表している。あるいはホームズの思考法を「ホームズ・システム」、ワトスンのそれを「ワトスン・システム」とも呼んでいる。ワトスン・システムというのは見てはいるのに注意力が散漫で大事なことを観察しそこなうシステムで、つまりは僕ら凡人が日頃行っている観察方法のことだ。
著者によれば日頃の訓練によりワトスン・システムを脱却してホームズ・システムを手に入れることができるというが・・・例えばホームズは初めて会った人の職業や暮らし向きを一目見ただけで推理できるが、そのような観察眼はどうやったら手に入るのか?
ワトスン流のやり方からまず見てみると、彼は相手の第一印象(好悪の感情)に引っ張られやすい。最初の印象はその後の観察によっても変わりにくい。そのため判断に一種の認知バイアスがかかってしまう。見てはいるが観察ができていないのは、目的を定めて観察していないからだ。そして十分観察する前に憶測(推理)をしてしまう。そうすると自分の憶測に会う事実しか見えなくなる。
だから観察には第一印象による認知バイアス(固定観念、偏見)の影響があることに注意し、十分に観察し終える前に何かを推理してはいけないということになる。人が認知バイアスをもつのは仕方ないことだけれど、自分には認知バイアスがあると意識することで、認知バイアスに影響されない公平な判断が可能になるという。この辺りは人種問題(人種的偏見)が避けて通れないアメリカならではの研究成果かも。
正しい観察には積極的関与が、つまり強い興味が必要だ。「株式仲買店の店員」事件でホームズは決定的な間違いをする。そのため容疑者が自殺しそうになる。この時のホームズはもう事件の全容は解ったと思っていて、事件に対する興味が薄れていたのだ。それで最後の場面で、容疑者が新聞を見つめて青ざめていたという重要なサインを見落としてしまった。
また認知のプロセスには能動的認知と受動的認知がある。能動的認知とはワトスンのやり方で、一度に複数のことを考える認知である。能動的認知では人は無意識に判断し第一印象を後から修正することはまれである。一方の受動的認知はホームズのやり方で一つのことに集中する。同時に二つのことを考えない。
想像力(創造力)も大事だ。鋲の入った箱とマッチと蝋燭があって蝋燭を壁に取り付けるという課題があったとする(心理学の有名な実験だとか)。鋲で蝋燭を壁に固定するとか、解けた蝋で蝋燭を壁に固定するとかしても上手くいかない。正解は、鋲を箱から出して、まず箱を壁に鋲で固定し、箱の上面に溶かした蝋で蝋燭を固定する。大抵の人が正解できないのは、鋲と箱を別々に考えられないからだ。これは「機能的固着」と呼ばれる。箱は鋲の入れ物でその他の機能はないと思ってしまうからだ。人は細部より全体を見てしまいがちだ。鋲の入った箱を見て、「鋲」と「箱」に分けて考えるには想像力が必要だ。そのためには対象から距離をとることが必要だ。
人は不確実な状況(大抵の場合に状況は不確実だ)の下では、創造的(発明的、独創的)なプランよりも実用的(機能的)なプランを採用しがちだ。これはホームズの物語に登場するスコットランド・ヤードのやり方でもある。それは独創性への恐怖心があるためだ。
アインシュタインもエジソンもシャーロック・ホームズも独創的なプランを選んで失敗しているが、彼らが他の人たちと異なるのは、失敗への恐怖心を持っていないことだ。あるいは失敗への恐怖心を自ら抑え込めたからだ。
想像力を働かせるには対象から距離をおくことが必要だが、ホームズはそのためにパイプで煙草を吸ったり、バイオリンを弾いたり、オペラを観に行ったりする。その目的は事件から適切に気を逸らすこととリラックスすることだ。散歩はこの目的にぴったりだ。気を逸らしてる間も脳は一見無関係と思われる離れた事柄の間の関連性を探し続けているのだ。
ここまではいかに観察するかがテーマだったが、後半のテーマはいかに推理するかだ。推理には事実とそうでないことを区別する必要があるが、人の脳はストーリー(物語)を作りがちで、あまり確実でない物語を信じやすい。かなり確からしい①「彼は会計士だ」という情報と不確かな②「彼はジャズの演奏家だ」という情報とがあったとして、両者を組み合わせた③「彼はジャズを演奏する会計士だ」という情報が示されると、人は③の情報が最も確からしいと判断する。確率的には③が最も不確かなはずなのに・・・これは人の脳が物語を好むからだ。だから情報をばらばらにして物語を排除してから、各々の確からしさを判断しなければいけない。そして確からしい情報だけを使って推理を組み立てる。
この時、ありそうもないことを排除してはいけない。あり得ないこととありそうもないことは同じではない。あり得ないことを除いていって残った解は、どんなにありそうでなくてもそれが正解のはずだ。
また自信過剰の罠もある。企業買収を成功させたCEOはそれ以前より取引に楽観的になる。高学歴で定年間近のサラリーマンほど退職金の運用でハイリスクをとる。成功体験が自信過剰につながるのだ。ホームズは「黄色い顔」事件でとんだ勘違いをする。自信過剰になり易い局面が四つある。第一は難しい問題に直面した場合、第二は慣れ、第三は情報量の増加、第四は積極的な行動だ。問題が難しく、経験が豊富で、情報が多く,積極的に行動するほど自信過剰の罠にはまり易い。対策は・・・ホームズの場合は自分の過去の失敗を思い出すことだった。
最終章では原作者のコナン・ドイルが起こした妖精写真事件について述べている。二人の少女が撮影した乾板写真に妖精の姿が写っていたのだが、ドイルは乾板の加工の有無を調査した上で妖精は実在すると公表した。少女たちが妖精の絵の切り抜きを撮っていたとは考えなかった。たとえホームズの推理方法を知っていても、人は自分が信じたいものには容易に騙されてしまう。当時のドイルは心霊主義に傾倒していたのだ。
ドイルの二の舞にならないためには常にマインドフル(注意力が高い)な状態を保たねばならないということらしい。貴方の内なるワトスンが「僕はこう考えるのだがね」と言い始めたらそんな時にはいつもホームズが「考えることくらいなら、誰にでもできるよ。」と口を挟んだことを思い出すとよい。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:早川書房
- ページ数:432
- ISBN:9784150504540
- 発売日:2016年01月08日
- 価格:994円
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