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紅い芥子粒
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少女が降らせた果実の雨
1919年に発表された、ごくごく短い小説です。作者の芥川龍之介、27歳。

ある曇った冬の日暮れ。
『私』は、横須賀発上り二等客車の座席に腰を下ろし、発車のときを待っていました。客車に乗客は『私』一人。
発車間際に少女が一人、駆け込んできます。手に三等の切符を握り締めて。

汽車が発車します。
疲労と倦怠で、夕刊を読む気にもなれない『私』は、少女の観察を始めます。

少女の顔立ちが下品だとか、
服装が不潔で不快だとか、
汽車の二等と三等の区別がつかないなんて愚鈍だ、とか
『私』が、少女に抱いた印象は、残酷なものでした。
 
汽車は、トンネルに入ります。
あろうことか、その直前に、少女は窓を開けました。
流れ込む煤煙に『私』は咳き込み、少女の非常識に心の中で憤ります。

やがて、トンネルを抜けた汽車。
通りかかったのは、貧しい町外れの踏切の前でした。
そこには、三人の幼い男の子が立っていました。

汽車に向かって、小鳥のような喊声をほとばしらせる男の子たち。
その一瞬に『私』が目撃したのは、手品のような光景でした。

引用します。

窓から身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかりの暖かな日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へ、ばらばらと空から降ってきた。


ずっと『私』の視点で語られてきた物語が、蜜柑が「空から降ってきた」という箇所だけ、少女の弟たちでしょう、幼い彼らの視点になっています。

そのとき『私』は、理解したのです。
少女がこれから奉公におもむくことを。
それは、家族の口減らしのため、幼い弟たちを養うため。
奉公は就職とはちがいます。少女は、家族のために前借金で身を売ったのです。
まだあどけなさの残る少女ですが、幼い弟たちにとっては、「空から蜜柑を降らせる」ような存在であったのです。

インテリにありがちな厭世的な倦怠感に陥っていた『私』が、頬をひっぱたかれたような出来事だったのでしょう。
小説は、こんな一文で結ばれています。

引用します。

私はこの時はじめて、言いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れる事が出来たのである。



 
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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:558 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. ef2020-10-07 05:34

    作家名の表示が無いので……『蜜柑』って芥川でしたっけ?(アヤシイ記憶)。

  2. 紅い芥子粒2020-10-07 09:55

    ありゃ、ほんとだ。作家名が読み取れませんね。そうです、龍之介さんです。
    本文に書いとこ。ありがとうございました。

  3. No Image

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