三太郎さん
レビュアー:
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主人公の男が病院で同室になった女性と退院後に再会しますが、会うごとに彼女は若返っていき、最後には・・・世にも不思議なお話。
しばらく前にレビューした佐藤正午の月の満ち欠けが映画化されたらしい。実はそのレビューのコメントで脳裏雪さんに山田太一著「飛ぶ夢をしばらく見ない」を紹介して頂いた。今では紙媒体では中古でしか入手できない。読んでみるとこれは似ているようでまるで違う物語だった。
作者の山田太一氏は1934年生まれの脚本家だという(実は彼のTVドラマを僕は見ていない)。この小説は1985年に単行本として出された。日本のバブル経済が走り出した時期だった。
主人公の男は48歳のサラリーマンで、単身赴任先で右大腿骨を骨折し病院のベッドに伏せていた。遠くに列車の近づく音がして、すると突然みぞおち辺りに震えが来て、その列車が脱線転覆する様子がありありと目に浮かんだ。それからすぐに地響きがした。実際に列車が脱線したのだった。
つまり主人公には予知能力があるのかと思わせて、この超能力は実は以後のお話にはあまり関係がなかった。この脱線事故は彼自身の人生の転落と、たぶんヒロインの睦子との将来を暗示しているのかも。
主人公と睦子はこの病院で偶々一晩だけ相部屋になる。脱線事故で多数の怪我人が出たからだ。その時の睦子は67歳だったことを後に主人公は知るのだが、彼は声しか聞こえなかった睦子に欲情してしまう。しかし部屋を変わる際に仕切りの端から睦子を見て、白髪で皺の目立つ老婆だったのでショックを受ける。睦子の声は30代くらいの女性の声だったから。
<でも67歳の睦子を老婆として表す作者の筆は時代を感じさせます。資産家の奥様だった睦子が67歳で見た目に老婆だというのは、ちょっと違和感が。僕が今65歳だということもあるけれど。主人公は当時の作者とほぼ同じ年齢だからそう感じたということなのか・・・あるいは当時の社会は女性をそんな風に見ていたのか。>
東京に戻った主人公はその後何回か睦子と会うのだが、会うたびに睦子は見た目が若返っていく。最初は67歳だったのが、次に会った時には40代のように見え、さらに20代、10代、そして最後には主人公は幼女になった睦子に会うことになる。会うたびに二人は同じホテルに泊まるのだが・・・
睦子は見た目はどんどん若返るが、過去の記憶は持ったままだから、本当の若返り(時間の逆行)ではない。中身は67歳の睦子である。作者は睦子が何故若返っていくのか、特に説明はしない。ただ小説の中頃に物理学者のホーキング博士の説として、現在膨張している宇宙がもし縮小に転じたらエントロピーは減少していき時間の矢は逆方向になる、という説を紹介している。でもこの小説はSFではないからね。
主人公と睦子の共通点は飛び降りの自殺未遂で怪我をして同じ病院に入院したという点だが、何故睦子だけが若返るのか、不思議といえば不思議だ。若返れるのは女性限定なのかも。
自殺未遂のあとの睦子の人生は悲劇的だ。およそ1年の間に昆虫の蛹が羽化するように何回も若返り、着実に消滅に近づいていく。緩慢な自殺のようだ。一方の主人公も、鬱で衝動的に飛び降りたのだが、その後職を失い、家族もばらばらだ。彼もまた緩慢な死を生きているような感じだ。
バブル直前の時代にこのような小説が世に出たのは偶然なのかな、と僕は考えてしまった。もしかしたらこれは誰かの夢の中の物語だったのかも・・・人は空を飛ぶ夢よりは、悪いことが起きる夢を見がちだといいますから。
作者の山田太一氏は1934年生まれの脚本家だという(実は彼のTVドラマを僕は見ていない)。この小説は1985年に単行本として出された。日本のバブル経済が走り出した時期だった。
主人公の男は48歳のサラリーマンで、単身赴任先で右大腿骨を骨折し病院のベッドに伏せていた。遠くに列車の近づく音がして、すると突然みぞおち辺りに震えが来て、その列車が脱線転覆する様子がありありと目に浮かんだ。それからすぐに地響きがした。実際に列車が脱線したのだった。
つまり主人公には予知能力があるのかと思わせて、この超能力は実は以後のお話にはあまり関係がなかった。この脱線事故は彼自身の人生の転落と、たぶんヒロインの睦子との将来を暗示しているのかも。
主人公と睦子はこの病院で偶々一晩だけ相部屋になる。脱線事故で多数の怪我人が出たからだ。その時の睦子は67歳だったことを後に主人公は知るのだが、彼は声しか聞こえなかった睦子に欲情してしまう。しかし部屋を変わる際に仕切りの端から睦子を見て、白髪で皺の目立つ老婆だったのでショックを受ける。睦子の声は30代くらいの女性の声だったから。
<でも67歳の睦子を老婆として表す作者の筆は時代を感じさせます。資産家の奥様だった睦子が67歳で見た目に老婆だというのは、ちょっと違和感が。僕が今65歳だということもあるけれど。主人公は当時の作者とほぼ同じ年齢だからそう感じたということなのか・・・あるいは当時の社会は女性をそんな風に見ていたのか。>
東京に戻った主人公はその後何回か睦子と会うのだが、会うたびに睦子は見た目が若返っていく。最初は67歳だったのが、次に会った時には40代のように見え、さらに20代、10代、そして最後には主人公は幼女になった睦子に会うことになる。会うたびに二人は同じホテルに泊まるのだが・・・
睦子は見た目はどんどん若返るが、過去の記憶は持ったままだから、本当の若返り(時間の逆行)ではない。中身は67歳の睦子である。作者は睦子が何故若返っていくのか、特に説明はしない。ただ小説の中頃に物理学者のホーキング博士の説として、現在膨張している宇宙がもし縮小に転じたらエントロピーは減少していき時間の矢は逆方向になる、という説を紹介している。でもこの小説はSFではないからね。
主人公と睦子の共通点は飛び降りの自殺未遂で怪我をして同じ病院に入院したという点だが、何故睦子だけが若返るのか、不思議といえば不思議だ。若返れるのは女性限定なのかも。
自殺未遂のあとの睦子の人生は悲劇的だ。およそ1年の間に昆虫の蛹が羽化するように何回も若返り、着実に消滅に近づいていく。緩慢な自殺のようだ。一方の主人公も、鬱で衝動的に飛び降りたのだが、その後職を失い、家族もばらばらだ。彼もまた緩慢な死を生きているような感じだ。
バブル直前の時代にこのような小説が世に出たのは偶然なのかな、と僕は考えてしまった。もしかしたらこれは誰かの夢の中の物語だったのかも・・・人は空を飛ぶ夢よりは、悪いことが起きる夢を見がちだといいますから。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:279
- ISBN:9784101018133
- 発売日:1988年11月01日
- 価格:460円
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