本文庫の初版は昭和42年、解説によれば川端自身が編んだものだという。発表自体は『散りぬるを』(昭和8~9年)、『眠れる美女』(昭和35~36年)、『片腕』(昭和38~39年)の順である。
どことなく似た香りのする3編である。
『眠れる美女』は老境に達した男たちの秘密の宿の話。その宿では一夜、深く眠らされた裸の娘の隣で休むことができる。老人たちにはもはや性的能力はない。ゆえに娼館というわけではないのだが、やはりどこかいかがわしさが漂う。この家の噂を聞きつけて訪れた江口老人。江口自身はまだ不能ではないが、老いの足音を聞きつつある。江口はこの宿を5回訪れる。そのたびに隣に眠る娘は違う。娘は何をしても目を覚まさない。生きてはいるが呼びかけても答えはしない。老人は娘の隣で、過去の女たちとのあれこれを思い出す。
老人の骨張った身体と娘のみずみずしい身体。身体の接触が想起する感覚はさまざまあれど、老人はもはやそれにのめり込むほどには若くない。いや、そもそもこの老人は(そしてもしかしたら作者自身)、我を忘れて何かに溺れることはなかったのかもしれない。
娘たちはどのくらい自分たちの「仕事」の内容を知っていたのだろうか。
物語が進むにつれ、現実の「死」も絡むのだが、眠っている娘たちがすでにどこか「死」の香りを漂わせているようでもある。
退廃的な乾いた不条理である。
『片腕』は、ある意味、さらにシュールで、娘が右腕を一晩貸してくれる。肩から取り外して、文字通り「貸して」くれるのである。男は片腕を自身の部屋に持ち帰り、矯めつ眇めつ眺めたり、話をしたりする。娘は腕をつけかえてみてもよいと言っていた。さて、男と腕の一夜の行方やいかに。
『散りぬるを』の出だしは少々唐突である。
滝子と蔦子とが蚊帳一つのなかに寝床を並べながら、二人とも、自分たちの殺されるのも知らずに眠っていた。そう、これは殺人事件である。加害者は山辺三郎なる人物。被害者の娘たちと犯人、それに語り手であり作家である「私」の関係は読み進めるうちに徐々にわかってくる仕掛けである。だが、全体にこの事件の「動機」はよくわからない。調書に書かれている犯人の自供も、取り調べの間に刑事に言われていることをなぞっているだけのようでもある。作家の「私」は、その状況を思い浮かべ、あるいは滝子・蔦子と自分の関係を思い、脳内の声と会話する。事件の真相はどこにあるのか。
犯罪にはときに、確たる理由など存在しないこともあるのかもしれない。
犯罪それ自体だけでなく、蔦子と実家の関係、滝子と蔦子(そして「私」)の間柄など、全般に割り切れぬ謎が多い。
個人的には3作の中ではこれが一番おもしろかったように思う。
川端自身の風貌が連想させるのかもしれないが、観察する猛禽の目を感じさせる作品集。ときに覗きの淫靡さも伴うのは、その「観察」の視線が一方向であるからか。眼光は鋭いけれども、どこかしら寂しい。観察の対象が観察者を真に変えることのない「交じり合わなさ」がそう思わせるのかもしれない。
分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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この書評へのコメント
- ぽんきち2019-07-10 16:00
夏だ! 「新潮文庫の100冊2019」にチャレンジ! https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no363/index.html?latest=20 参加書評です。
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や、私も結構苦戦しまして(^^;)。
こんな設定、よく思いついたなと思います。娘たちは、眠っているだけといえばそうなのですが、まるで意識のない状態で身体を誰かに「提供する」というのは、身を売るよりもひどい「搾取」をされているようにも思いますし。
他者との「交じり合わなさ」にはもちろん、主人公の気質もあるのでしょうけれど、「老い」がもたらすものも大きいのかな・・・?
いまひとつ、きちんと読めているのかよくわからないのですが(^^;)。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:248
- ISBN:9784101001203
- 発売日:1972年03月03日
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