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ちょっとよいものに触れたような感じ。ささやかなのがきっといいのだ。

  • レビュアー: さん
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聖なる酔っぱらいの伝説
三つの短編小説を読む。


『聖なる酔っ払いの伝説』
セーヌ川の橋の下に住む宿無しのアンドレアスは、ある日、立派な紳士から200フランという金を恵まれる。返すつもりがあるなら、サント・マリー礼拝堂の小さな聖女テレーズ様におさめてほしい、と言われて。
その日からアンドレアスには幸運続きの日々が始まる。聖テレーズ様のことを忘れたわけではなかったし、お金を返すつもりで聖堂に何度も出向いているのに、不思議なことにその都度、返すことが出来ない事情が勃発する。
アンドレアスにとって聖テレーズとはどういう存在なのか、聖テレーズにお金を返さねば、という思いはいったいどういうことなのだろう、と考えている。
人生のなかで、幸福、喜びを感じるときは、大きいのから小さいのまでいくつもあったと思うが、一人の人が感じる喜びとは、目に見えない聖なる方から預かっているものなのかもしれない。
アンドレアスのポケットのなかの小銭一枚一枚が、喜びに姿を変えていくように思える。
喜びをひとつひとつ蓄えていくことは(たとえ酔っ払いであっても)聖なるお勤めであるかも。……と、こじつけではあるけれど、この短い期間のアンドレアスの運命を眺めながら考えていた。


『四月、ある愛の物語』は、小さな町にやってきた旅行者が辻馬車から見える町の人々の様子をひとつひとつ描写していくところから始まる。それらはひとつひとつがまるで額に入った絵のようだ。
この町で欲したものもあったし、小さな出会いや別れがあったが、旅人の束の間の出来事であり、どれもこれもが馬車の窓という額の絵のようだ。
町を去る最後のときに、思いがけず一番印象的な絵を見せられた。


『皇帝の胸像』
皇帝も貴族も、もういなくなった村で、元伯爵の主導のもとに起こった事は、その出来事だけ取り上げれば思い切りおかしな喜劇だ。
だけど、卑しいことが蔓延する国のなかでは、消えかけていた誇りに対する敬意であり、弔意である。もてはやされる卑しさへのささやかな抵抗であったかもしれない。


三つの物語の主人公の立場や性格も、周りの状況も、全く違うのだけれど、読み終えたあとに感じる気持ちは似ている。しいて言えば、清々しさのようなもの。感動とまでは言えない、何とも言いようもないけれど、ちょっとよいものに触れたような感じ。ささやかなのがよくて、名残惜しい。
  • 掲載日:2025/11/25
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