初めて彼に会ったのは30歳の頃だった。
当時の私は、残業や休日出勤は当たり前の仕事中心生活で
年に1、2回の長期休暇を楽しみに
気ぜわしい日々を送っていた。
(次の休暇にはインドに行こう。)そう思って、
あれこれと情報を集めているときに、彼と出会った。
失踪した友人を探しにインドを訪れたという彼は
小さなスーツケースをひとつ持っただけの軽装で、
ボンベイ、マドラス、ゴア、と南インド各地を旅していた。
あるときはホテルとは名ばかりのスラム街の宿に泊まり娼婦と語らい、
街一番の高級ホテルに滞在して、街を見下ろす。
息苦しいほどすえた匂いのする病院を訪れ、
長距離の夜行バスに乗り込んで、不思議な兄弟に会う。
彼の旅路を追ううちに、
彼が探し求めているのは彼の親友なのか
そもそも彼は本当に、インドを旅しているのかさえ
あやふやになっていく。
進めば進むほど迷い込み
近づけば近づくほど輪郭がぼやけてくるような感覚に襲われるのに
私は彼から目が離せずに、
気がつくと彼と共にどこともしれぬ街角を彷徨っていた。
果たして彼は、探しものをみつけたのか
それすらも定かではなかったが
本を閉じたあの時から、私の旅もまたはじまった。
そして私は未だ、探してものをみつけてはいない。
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