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「わたし」の青の時代―1982年、ハンブルクにて

研修生 (単行本)
『研修生(プラクティカンティン)』多和田葉子著を読む。  

洋書輸入販売の会社を経営している父親の紹介(コネ)で、ドイツ・ハンブルクにある書籍取次会社で研修生になった「わたし」。親元を離れての以降での一人暮らし。新社会人。研修生扱いだが、果たして正社員になれるのか。おぼつかないドイツ語では、ろくにコミュニケーションも取れない。見知らぬ街、オフィスでの人々との出会いと孤独。異邦人としての街探索は、なぜかミシェル・ビュトールの『時間割』あたりを思い浮かべた。

何かの本で読んだが、とにかくドイツ人はきれい好き。うっかりキッチンで魚でも焼こうものなら、やれ煙が、やれ魚臭いとか大騒ぎになるとか。主人公が借りている住まいの家主の老女も、この典型らしい。シーツは毎週、コインランドリーで洗濯しろとか。親切というよりも煩わしさを感じる。息抜きは持参してきた日本語の文庫本。それが避難場所になっていた。

彼女の読んでいる本のラインアップが脈絡がない。森鴎外、カフカ、夏目漱石、萩原朔太郎、パウル・ツェラン、三島由紀夫…。ま、読書はそんなものだろう。

頑張ってドイツ語で話しかけるが、発音がおかしいのか、間違っているのか。ふれあいたいという気持ちが、瞬時に、萎えてしまう。冬のロンドンで留学生の夏目漱石は、言葉と孤独からかノイローゼになってしまったが、さまざまなカルチャーギャップに、彼女は、なんとか、持ちこたえる。

研修生ゆえ短期間で所属部署が変わる。でも、知り合いが増え、友だちもできる。

会社の方針でドイツ語学校にも通うことに。筆記問題とかは好成績という日本人的。

「なぜ、日本ではハイデガーが人気なのか」とか本好きなら気に入るフレーズが随所に。

二人の友人宅に入りびたりの彼女は。現在の住まいを出ることにする。家主の機嫌を損ねないために友人を通訳に。


漠然ながらも、彼女は、小説を書こうと思う。終日は研修生、週末は知り合いと出かける、そして、書く。ハンブルクで過ごした日々が、執筆のモチベーションになったのだろうか。産みの苦しみなのか、書きあぐねていたが。

「仮病を使って会社を休んでまで書き始めた小説は下記進めていくうちにどんどんつまらなくなり、そのまま引き出しに突っ込んであった。続きを書こうとしたが書かれた文字はすでに死んでいて、揺すぶっても息を吹き返すことがない」

同僚のイザベラに訊かれる。
「最近どんなことしてるの?」
「わたしは小説が書きたい。趣味で書くのではなくて、朝起きてから夜寝るまで、月曜から日曜まで、一月から十二月までずっと小説を書いていたい」

著者の実体験がベースになっている。しかし、単なる自伝的作品ではない。はじめは日本語で書いていたが、やがてドイツ語でも小説を書くようになる。読みながら大学卒業後に入社した会社や上司や先輩、同僚のことなどを思い出していた。はるか、昔のことだが。

付記。ハンブルクは、マッシュルームカットになる前のビートルズが武者修行に来ていた地としても知られる。

『雲をつかむ話』多和田葉子著
『オオカミ県』多和田葉子文 溝上幾久子絵
『地球にちりばめられて』多和田葉子著
『カフカ ポケットマスターピース 01』フランツカフカ著 多和田葉子編
『遣灯使』多和田葉子著

  • 掲載日:2026/05/01
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