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油と欲望が擦れ合う音──近松×桜庭訳『女殺油地獄』の底なしの闇へ  野崎参りの春景色の裏で、油と欲望が静かに沸騰する狂気の物語を、82歳の視点で深く味わった書評です。

現代語訳日本の古典〈17〉女殺油地獄 (1980年)
享保九年(1724年)に書かれた近松門左衛門の名作を、桜庭一樹が現代語訳した一冊。

私がこの物語に初めて触れたのは、片岡仁左衛門が与兵衛を演じたシネマ歌舞伎だった。 あの殺しの場面は、今も体の奥に残っている。

金欲しさに女性を刺す青年――その残酷さが、仁左衛門の所作を通すと、どこか倒錯した興奮とともに立ち上がってくる。観客はスクリーンに吸い寄せられ、息を呑み、いつしか与兵衛の体温にまで同調してしまう。

だが、演劇と小説は別の芸術だ。 文字は、登場人物の心のひだをどこまで掬い上げられるかが勝負になる。

本書は、近松の原文を桜庭一樹が現代の呼吸で訳し直したものだ。
主人公は油屋の放蕩息子・河内屋与兵衛。二十三歳、親がかり。 「万事を夢と飲み上げし、寝覚め、提重、五升樽」――この調子の良さに、まず心を掴まれる。

対するのは、隣家の油屋のお吉。
借金に追い詰められた与兵衛は、隣にある掛け金に手を伸ばすうち、抑えていた狂気がふっと噴き上がる。
その瞬間の描写が、近松の筆ではなく“刃”そのもののように鋭い。

そして、何より日本語のリズムが心地よい。 桜庭訳は、古典の香りを残しつつ、現代の読者の耳にもすっと入る。

冒頭の「野崎参り」も印象深い。 戦後の歌謡曲――東海林太郎の「野崎小唄」に、近松の舞台が引用されていたとは知らなかった。 「野崎参りは、屋形船で参ろ……」と、思わず口ずさみながら読んでしまう。
菜の花、ゆったり流れる川面、小さな茶屋。 日本の春の景色が、ページの向こうにふわりと立ち上がる。

近松の物語は、三百年を経てもなお、血の温度と人間の欲望を生々しく伝えてくる。 桜庭一樹の訳は、その鼓動を現代に蘇らせる一冊だ。

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  • 掲載日:2026/04/23
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